PVTクライネさん(35) (東京都多摩市 会社員)

 戦時中、北海道の小樽市にいたおばあちゃん。兵隊向けの靴工場に勤労奉仕に行かされたけれど、背が低すぎて作業にならないからと、ずっと洗濯係だった。港で戦死した大勢の兵隊がトラックで運ばれるのを見たと話していた。

 米艦載機に小樽港が空襲された時、祖母の兄ら男たちは「将来兵隊になるからここで死なれては困る」と、いつも優先的に防空壕(ごう)に入れた。

 けれど、兵隊になるには実際の戦闘も見なきゃならないということで、建物の屋根の上で空中戦を眺め、撃墜した航空機(敵味方不明)を手をたたいて喜んだ。

 兄は1945(昭和20)年に横須賀海兵団に入隊したが、終戦を迎え無事復員した。