2020.07.18

高知県佐川町・久川千代子さん

 花火みたいにきれいと言われゆうけんど、その下におるんじゃき

高知県佐川町 久川千代子さん

 
1945年7月4日の高知大空襲を受け、焼け野原となった高知市街地。当時の土佐電鉄屋上から高知駅方面を望む

 

 1945年7月4日未明、米軍のB29爆撃機が大量の焼夷(しょうい)弾を投下し、高知市中心部を焼き尽くした。当時、高坂高等女学校4年生の16歳。一緒に下宿生活をしていた姉と防空壕(ごう)へ駆け込んだ。

 降りそそぐ焼夷弾-。火の粉や爆弾の破片が壕に入ってきた。もんぺに付いた火を、手で払いのけた。外へ出た兵隊に焼夷弾が直撃し、火だるまになったという。煙を吸わないよう、地面に口をくっつけ、息をした。「熱い、苦しい」。姉に体を抱かれながら、気を失った。

 

(2014年7月4日付高知新聞朝刊に掲載、当時85歳)

(高知新聞社提供)