2020.07.14

釜石市・和田乙子(おとこ)さん

 戦場には絶対に行かないで。これは私からの遺言です

釜石市 和田乙子(おとこ)さん

 

 

 学徒動員で製鉄所のれんが運びをしていた和田さんは1945年7月14日、けたたましいサイレンでトンネルに逃げ込んだ。今死ぬか、今死ぬか-。震えながら身を潜め、3時間ほどたってから外に出ると街は火の海だった。60代後半から語り部として県内の小中高校を訪れ、時には当時の「大根飯」を食べさせた。

 東日本大震災で自宅が被災し、多くの友人が犠牲に。体も弱り、一時は語り部をやめようと考えたが2015年7月、大船渡市の中学校で6年ぶりに戦争体験を語った。「もう苦しい思いはさせたくない」。使命感だった。

 

(2015年7月15日付朝刊、当時85歳=現在は釜石市内の施設に入所)