2020.06.23

一関市・小川誠也さん 地方紙連携企画「戦後75年 言葉を刻む」

 モノクロの世界で炭の塊だけが生き物のように赤々と燃えていた

一関市(取材当時・釜石市) 小川誠也さん

 

 小川さんは太平洋戦争末期、1945年の艦砲射撃で自宅が全焼した。当時17歳。目にしたのは焼け野原と化した釜石のまちだった。終戦は疎開先で迎えたが、戦禍を逃れたはずの妹は栄養失調で亡くなった。

 働きながら写真を撮り始め、ファインダーを通して釜石の歴史を見つめ続けた。結婚し、子どもにも恵まれたが、温かい日常は2011年の東日本大震災で一変。家族と自宅を奪った。

 だが、失意のどん底からはい上がらせてくれたのは必死に生きようとする周囲の人と写真だった。

 「津波と戦争を生き抜いた自分がその姿を後世に残したい」

 

(2015年1月4日付朝刊、当時86歳)