2020.06.02

他者思う力こそ必要

 
 

本県ゆかりのアーティスト(東京出身)

 瀬尾 夏美

 つい2月ごろまで対岸の火事のようだったウイルスは、あっという間にわたしたちの暮らしに侵食してきました。3月にはヨーロッパやアメリカの惨状が伝わるようになり、4月には日本全国に緊急事態宣言が発令され、人との接触を避ける生活が始まりました。5月に入りまちの雰囲気は戻りつつあるように思えますが、気づけば再び灯(あか)りが点(とも)ることのなかったお店などもぽつぽつと見受けられ、経済的な打撃の大きさや、それぞれがこころと身体に受けた傷がこれから明るみになっていくことを想像すると、空恐ろしく思えます。

 わたしは、社会状況の早急な変化にともなって、わたし自身の考え方が、価値観が、感情が、身体が、いとも簡単に振り回され、大きく揺れることに驚いていました。特に、感染爆発と医療崩壊が起こるのではという緊張感が高まっていた時期には、他者も自分もまるでウイルスのように感じ、ルールを守っていないように見える人たちに対して感情的にもなりました。

 未知のウイルスに出合い、誰も正解がわからないのだから、惑うことは仕方のないことかもしれません。ただ、その渦中で揺れている自分を正直に定点観測して記録し、のちほど検証する必要があると考えました。

 震災のとき、東京で絵を学ぶ学生だったわたしは、日々の変化を記録するために、絵よりも速いメディアが必要だと感じて文章を書きはじめました。今回は体感的に、震災よりももっと変化が激しいように思えたので、文章よりも速いメディアが欲しいと思い、友人とともにインターネットの配信サービスを使ったラジオ番組を始めました。

 また、それぞれが自宅隔離の状況で、集い励ましあえないことの心許(もと)なさ、語り合えないために抱いてしまう他者への根拠なき疑念、立場の違いによる分断が、時間の経過によって大きくなるのではないかと感じており、4月の頭から毎日、天使のドローイングに祈りの言葉を添えて、SNSに投稿しています。

 わたしがずっと気になっていることは、新型コロナウイルスの感染者が亡くなるとき、近親者の立ち会いがなかなかできていないらしいということです。最愛の人の死に際に立ち会えない苦しさを、震災遺族の方から幾度となく聞いてきました。何かできないかと思いながら何もできずにいますが、一方で、アートの根源的なあり方を芯に問えば、すべきことは、書き留めることと祈ることなのではないかとも思えます。とても無力ですが、特に災禍の中では、その役割を担うべきなのだろうという実感もあります。

 第一の緊急期が終わりにさしかかり、社会がもとに戻ろうとするとき、心身や生業に致命的な被害を受けた人とそうでない人の分断が大きくなっていくと思います。そのときにこそ、他者の立場や多様な存在を想像する力が必要です。ひとりのアーティストとしては、コロナ禍で何が起きたかをしつこく検証しながら、誰かの存在や出来事を思い出すためのささやかな碑のようなものを提示したいと考えています。

 

 せお・なつみ 1988年生まれ、東京都出身。2012年から3年間、陸前高田市を拠点に作品制作や対話の場づくりを行う。単著に「あわいゆくころ 陸前高田、震災後を生きる」(晶文社、2019)がある。仙台市在住。

 

関連リンク