2020.05.26

再会信じる準備期間

 
 

劇団代表・劇作家・演出家(盛岡)

 遠藤 雄史

 「私たちだけじゃないよ。みんな大変だったんだから」

 盛岡市の市民劇、第6回盛岡劇場「劇団モリオカ市民」公演『あの年の盛岡2011』の脚本を書く際、宮古市で演劇活動している「劇研麦の会」の方たちに東日本大震災の被災の様子を聞き取っていた時に言われた言葉だ。

 東日本大震災発災時、私は内陸に勤めていたこともあり、実際に沿岸で被災した方からの体験談を聞くたびに当時の大変さを痛感していた。津波、津波による火災、変わり果てた街並み、避難所での生活、突然の肉親や友人との別れ…。語弊をおそれずに言うと、聞き取りを行うたびに内陸で被災した私とは被災のレベルが違うと感じていた。

 そんな私は、ただただ聞くことしかできず、最後に「大変だったんですね…」としか言えなかった。そんな時に文頭の言葉をかけてもらった。憑(つ)き物が落ちたように感じた。内陸で被災した私と沿岸で被災した方々の体験の差は大きい。見ていた景色も、取り巻く状況も全く違う。

 それでも、あの時の私は電気や水道が復旧しない心細さと何度となく起きる余震への恐怖、見通せない未来への不安を感じていた。それらを認めてもらったように感じた。それだけではなく「みんな大変だったんだから」の「みんな」には、私だけでなく、もっと広い意味があるように感じたのだ。

 コロナ禍の日々を過ごす中、この言葉がふと蘇(よみがえ)ってきた。

 現在、演劇を取り巻く状況は厳しい。日本全国、多くの劇場、劇団が公演の中止・延期を余儀なくされている。5月14日現在、岩手では感染者は確認されていないものの、同様に盛岡の多くの劇団が公演を中止・延期している。私の劇団も5月下旬に公演を予定していたが延期をした。

 コロナ禍による非常時であり、私たち自身、私たちの大切な家族、仲間、そして、観(み)に来てくださるお客さまのことを考えると、中止・延期の決断も仕方のないことだと考えている。

 盛岡のほとんどの演劇人はアマチュアであり、普段は学生として社会人として日常をおくっている。もちろん、演劇を行わなくても生活はしていける。しかしながら、日常と日常の隙間にある演劇という非日常に楽しみを見いだしたり、自分の居場所を見つけたりとさまざまな思いをもって演劇をしているのも事実だ。だからこそ、現在の状況に何とも言えない無念さを感じてしまう。

 盛岡は演劇が盛んな街と言われ、演劇も文化芸術の一翼を担っているという思いはあるが、それでも演劇はマイノリティーだと私は思っている。そんなマイノリティーの私が思う無念さと、他の文化芸術を担う方々、さまざまな職種、業界の方々の無念さが同じであるとは思っていない。さらに厳しい状況にある方々もたくさんいる。

 それでも、この状況を無念に思いながらも、今できることを必死に探し、少しでも前に進もうと努力している方々同様、私も、私が思う演劇を見つめ直し、さらに面白い演劇をつくる準備期間としたいと思っている。そして、いつになるかは分からないが、また劇場で多くの人と再会することを心待ちにしている。

 その時はお互いに「大変だったね」と言いながらもほほ笑み合えることを信じて-。

 

 えんどう・ゆうし 1976年生まれ、盛岡市出身。劇団トラブルカフェシアター代表。教員をしながら、同市を中心に演劇活動を行っている。「劇団モリオカ市民」公演実行委員等を務め、演劇文化の活性化にも取り組んでいる。同市在住。

 

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