2020.05.12

広い視野得る時間に

日食なつこ ⓒ橋本塁
日食なつこ ⓒ橋本塁

シンガー・ソングライター(花巻出身)

 日食 なつこ

 私は1月から3月にかけ全国11会場を巡るワンマンツアーを開催しましたが、3月1日の岩手県公会堂での追加公演が5月に延期となり、その振り替え公演も最終的に中止となりました。

 また5月から予定していたお寺を巡るツアーも全国12公演全てが無くなり、同時期に予定されていたレコーディングも全て白紙に戻りました。

 今は基礎練習・メール業務・オンライン打ち合わせなどをしながら自宅で1日を過ごします。空いた時間で今までじっくり嗜(たしな)むことができなかった音楽・本・画集・映像作品を鑑賞し意識的にインプット期間としています。

 ソロアーティストであり元々1人作業が活動の根幹にあるため、私に限って言えば従来の生活と様子はあまり変わりません。むしろ自宅待機要請を逆手に取り、宅録(自宅でレコーディングをすること)でベストアルバムを制作するというクラウドファンディングを開始し、非常事態もコンテンツと捉えて動いているくらいです。本プロジェクトへは多くの方が興味を示してくださり、開始10日目には約1100万円の支援金が集まりました。実施に至るまでの準備作業もZoomやSkypeでの打ち合わせとメールのやりとりで全てを済ませています。このように、ファンの皆様やチームで集まる場所がオンライン上に移ったというだけで、やっていることや傾ける熱意などは普段のそれとほぼ同じです。

 疫病に直接対峙(たいじ)し闘うことを余儀なくされている医療従事者の方々の姿を毎日ニュースで目にします。この方々の力になり邪魔にならないためには、それ以外の全員が自宅に留(とど)まり感染拡大に加担しないことが必須です。音楽がどんな姿を成せばその状況にプラスにはたらくことが出来るか?宅録アルバム?ライブDVD?オリジナルモデルのトイピアノ?何があれば皆は自宅に居てくれるんだろう?真面目に考えれば、幾らでもやるべきことは湧いてきます。

 ライブやツアーが中止になることに関しては、このとおり人命に関わる状況ですので我々は従う他に選択肢はありません。もはや状況は根性論でどうこうなる段階ではない。芸術や娯楽は最低限の安全な生活が保証された上に初めて存在することが許されるものであったという事実、それが当然のように許されていた今までがいかに恵まれた時間だったかという事実を、アーティストや音楽業界人は己の身をもって自覚すべきだと思います。

 このたびの騒動を生きて越えられたなら、今後あらゆる困難を柔軟にすり抜けて行ける広い視野も手に入ることでしょう。その土台を作る狙いでも今は一歩退いて全体を見回しながら静かに待つこと、それが音楽に携わる者が今取るべき最善の姿勢です。

 これを書いている5月2日現在、岩手では未だ感染者が確認されていません。広大な「疎」の大地ゆえか、奥ゆかしい県民性ゆえか、いずれにしてもここまで毅然(きぜん)とした態度で危険要素を退け、ふらりと遊びに出たくなる気持ちと冷静に対峙してきた岩手の皆様が全員で成した結果だと思います。どうぞこの先も命を守る選択をし続けてください。

 

 にっしょく・なつこ 花巻市生まれ。9歳からピアノを、12歳から作詞作曲を始める。高校2年の冬から盛岡にて本格的なアーティスト活動を開始。2019年、活動10周年を迎え2ndフルアルバム「永久凍土」をリリース。

 

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