2020.11.26

発症10年 徐々に蓄積

児童指導員として障害のある子どもたちと過ごす阿部類さん(中央)。正職員だが高次脳に加え経験不足もあり、まだ任されていない業務もある=盛岡市乙部
児童指導員として障害のある子どもたちと過ごす阿部類さん(中央)。正職員だが高次脳に加え経験不足もあり、まだ任されていない業務もある=盛岡市乙部

高次脳機能障害

阿部 類あべ・るいさん(35)=児童指導員、盛岡市三本柳

 

③順応のすべ

 「すごいじゃん」。阿部類さんがパズルに興じる女の子の頭をなでる。優しいお兄さんの雰囲気が漂う。

 盛岡市乙部の障害児の放課後等デイサービス「めだかの児童デイサービス」。阿部さんは5月から、職場に自分の障害を伝えた上で正職員として働いている。

 「何か一つに集中すると他がおろそかになる」。折に触れて、高次脳機能障害(高次脳)による記憶や遂行機能の問題を自覚する。送迎の運転、表現に配慮を要する利用者連絡帳の記載は、まだ任されていない。

 それでも「職員の志が高く、大好きな子どもたちと関わる仕事は、やりがいがある。自分はうまくできることもあれば、できないこともある。その振れ幅を理解していれば以前なら苦に感じたことも、たいして気にならない」。2018年夏に入所した国立障害者リハビリテーションセンター(国リハ、埼玉県所沢市)の体験が大きかった。

 障害者手帳は持っていても障害年金は受給していない。生活のため働かないといけないのに、高次脳が壁となり退職を繰り返した。

 「このままでは仕事が続かない人間と思われる。リハビリからやり直したかった」。国リハの宿泊施設で集団生活を送りながら、隣接する国立職業リハビリテーションセンター(職リハ)で9カ月間、障害者向けの職業訓練を受けた。

 就労を希望した福祉関連のコースはなく、幅広い仕事に生かせる事務職のコースを選んだ。OA機器などの操作に加え、障害を補完する技能を学んだ。

 長続きしにくい記憶を補う手帳の活用などを教わったが「得手不得手があり、自分は定着しなかった。今のところ職リハの技能で直接生かせているものはない」。

 訓練が無駄だったかといえば、そうではない。全国から集まる同様の障害がある人たちと出会えた。「高次脳は困りごとも必要な支援もさまざま。今もつながる仲間ができた一方で、癖がある人、わがままな人もいた。人との距離の取り方、線の引き方を学べた」

 阿部さんは見た目は全くの健常者。どうして分かってくれない-。程度の差はあれ、周囲の高次脳に対する理解不足に、いらだちを感じて生きてきた。

 「過度に期待せず『高次脳の理解はそんなもの』と思えるようになった」。国リハ、職リハはいい意味の割り切りを教えてくれた。

 国内の障害者福祉の最先端の場で過ごし、自分のような当事者が現場で働く意義を再認識した。就職活動で障害児支援への思いを強めた。都内の障害児デイサービスで働いたが、新型コロナウイルス感染症の流行などから地元に戻った。

 発症から丸10年。心の持ちようとともに、高次脳と向き合って生きるすべを少しずつ蓄積してきた。

 記憶力の障害は「目隠しをしてモノを探す感覚」。例えば筆者の名字〝四戸(しのへ)〟を思い出すため、まずは岩手県の地図、次に県北地方を想像し、一戸、二戸、三戸と順に思いだし、四戸にたどり着く。

 「こんな作業を一瞬でやる。脳はすごく疲れる。でもそこが伝わりにくいところ」。脳の働きを保つため、市販のソルティライチやジンジャーエールを混ぜて作る特製ドリンクは毎日必携という。

 10月末で35歳になった。「まだ同じ職場で3年働いたことがない。社会人としてはアウト」。頭をかくが、悲観はしていない。

 「35歳でこれかと考える。でも人はそれぞれ、自分はたまたま。元の体には戻らないけど、工夫次第でできることは増やせる」。伸びしろを信じている。

 

 国立障害者リハビリテーションセンター(国リハ)とは 厚生労働省所管の障害者リハビリの拠点施設。埼玉県所沢市にある。障害者の自立と社会参加の支援を目的に病院での診断・治療とリハビリテーションの提供をはじめ自立支援、就労移行支援など障害福祉サービスの提供、リハビリ技術・福祉機器の研究開発、専門人材の育成などを行う。国立職業リハビリテーションセンター(職リハ)は国リハと隣接し、協力して障害者の職業訓練、職業指導などを行う。通所困難な人向けの国リハの宿舎を利用しながら職リハの訓練を受けることもできる。

 

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