久々の激しい揺れに緊張が走った。宮城県沖を震源とした9月12日昼の地震で遠野市は震度4を観測。急いでドアを開け、ガスの元栓を閉めるなど慌ただしく支局内を駆け回った。

 その日はちょうど、2011年の東日本大震災で同市が担った後方支援活動を検証する記事をまとめていた。地域の高い共助意識、幅広い人脈を持つ市民リーダーの存在が一連の活動を支えたことは明確だ。

 同市宮守町を拠点に給水活動を担った神戸市水道局職員に毎夜食事を届けた女性グループの一人で、昨年80歳で亡くなった菊池清子さんは生前「非常時に生きるのは普段の備え。普段以上のことはできない」と何度も話してくれた。震災から10年たっても、その教えの持つ意味は変わらない。

 市内では記憶を次世代につなぐ仕組み作りの議論が始まった。市総合防災センターに隣接する後方支援資料館の活用を考える市民懇談会では、教訓を防災教育へ生かすべきとの意見が多かった。「記念館ではなく、生きた教材として使いたい」との思いは、風化にあらがう力になる。

 新型コロナウイルス感染症の影響で、今年は実動を伴う防災訓練が難しい状況にある。だからこそ自分を含め、一人一人ができる備えを考える。節目の今こそ心掛けたい。

(小野寺 隼矢)