民主化を要求した学生や市民を、中国当局が武力弾圧した天安門事件。その指導者の一人、劉暁波(りゅう・ぎょうは)氏が2009年に記した「私には敵はいない」の邦訳を読んだ時の感動は、今なお鮮明だ

▼「私には敵はいない、私には憎しみはないというこの信念を私は堅く守っている」(藤原書店「環」所収)。当局から敵視され、投獄され、愛する妻と引き離されながらも「憎しみはない」。その崇高な人間性

▼非暴力を貫いた劉氏は2010年、ノーベル平和賞を受賞。17年、事実上獄中死した。その後も中国当局は活動家たちの封じ込めを続ける。だが、民主化への劉氏の思いは、香港の若者たちに受け継がれている

▼中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正案をめぐり、若者たちの抗議運動が拡大。追い込まれた香港政府が譲歩し、撤回を正式表明した。強硬一辺倒だった中国の習近平指導部も容認した

▼ただ香港政府は、普通選挙の実現などの要求には譲歩しておらず、若者たちの抗議運動が収束する見通しは立たない。天安門事件の再来の懸念は、払拭(ふっしょく)されてはいない

▼「私は期待する、私の国家が自由に意見を表明できる場所であり、この国では一人一人の国民の発言が同等に取り扱われることを」(劉氏)。そのための確かな一歩とするために、国際社会の連帯が問われる。