柴山昌彦前文部科学相が今月初旬の内閣改造で退任する直前、ツイッターに、高校生が政治の話をすることに懐疑的な書き込みをして物議を醸した。若者の政治参加に対する国の姿勢に関わって、重要な問題提起と言えるだろう。

 世論の批判に、自身も「問題提起だ。規制は企図していない」と弁明。退任の置き土産になったが、「問題」の本質は、懐疑的な認識を政府の立場で示したことにある。

 後でいかに釈明しようと、学校現場に威圧的な印象を与えた可能性は否めまい。後継閣僚には、高校生の政治談義を萎縮させるような事態を反省材料として、若年層への主権者教育をよりよい方向に導いてもらいたい。

 きっかけは、新たな大学入試制度の一環で導入される英語民間試験に批判的な「私立高校英語教師」を名乗る人物が、次の選挙で安倍政権に投票しないよう「周囲の高校生の皆さんにご宣伝ください」と記したツイートだ。

 これに「18歳の高校生」という人物が、「私の通う高校では前回の参院選の際も昼食の時間に政治の話をしていたりしていたのできちんと自分で考えて投票してくれると信じています。もちろん今の政権の問題はたくさん話しました」と応答した。

 柴山氏は「高校生」のツイートを引用して「こうした行為は適切でしょうか?」と投稿。教師が、その地位を利用し教え子らに選挙運動することや未成年者の選挙運動を禁じる公選法の規定を根拠に、一連のやり取りが法律に抵触する可能性を指摘した。

 英語民間試験を巡っては、8月の埼玉県知事選の応援で柴山氏が街頭演説の際、試験導入に反対の声を上げた聴衆が警察官に排除されるという事件があった。今に至るも教育関係者らに根強い試験実施への疑義に対する焦燥が、態度に表れた面は否めまい。

 具体的な状況も判然としないツイートが、それだけで公選法に触れるはずもない。そこに文科相として「可能性」を持ち出すのは、国がすることへの批判を押さえ込む意図を疑われても仕方ない。

 新たな大学入試制度の眼目は「主体的・対話的で深い学び」を促すことにあったはずだ。教育行政の自己矛盾は現場を大いに混乱させる。

 先の参院選の世代別投票率は未確定だが、抽出調査では前回16年選挙以降、18歳、19歳の投票率は各種選挙を通じて低下傾向が顕著。本県も例外ではない。若者の政治への関心を高める使命を忘れて、主権者教育もあるまい。

 安倍政権が目指す憲法改正では、18歳の高校生も有権者だ。未来の日本を背負う世代の政治談義は、励ましこそすれ威圧するべきではない。