舞台を囲むように山肌に作られた神社の石段に、約千人の観衆が所狭しと座り、繰り出される演目に固唾(かたず)をのむ。この日は山の神に感謝を伝える村歌舞伎奉納の日

▼新潟、群馬、栃木と県境を接する福島県奥会津地方の檜枝岐(ひのえまた)村を訪ねる機会があった。江戸時代からの伝統を継ぐ村歌舞伎。村民による伝承団体が脈々と芸を磨き、春と夏と秋の年3回、地域の神社で披露する

▼人口約550人の山あいの村に響く太鼓の音、場面を絶妙に操る義太夫節。夕暮れ時から始まる公演は日が沈むにつれ観客と一体化し、真夏の夜にこうこうと浮かび上がる舞台は圧巻だ。「ローマのコロッセウムのようでしょう」。地元民は胸を張る

▼奥会津地方には古くから多くの農村舞台と歌舞伎一座があったとされる。しかし、時代の移り変わりとともに古典歌舞伎が姿を変え、昔ながらの姿を残すのは檜枝岐歌舞伎が唯一。衣装もすべて手作り。村民歌舞伎としてのレベルは全国屈指だ

▼今では全国から多くのファンが訪れるようになったが、もともとは村民による村民のための民俗芸。徹底した「自村主義」の意識と誇りが伝統を守り、廃れさせることなく、令和の時代に至るも輝きは増す

▼檜枝岐歌舞伎の精神は土のにおいと田舎の味。古里を愛し、この地で生きる。山村文化の心意気は、やはりすがすがしい。