死者との共生。この感覚が何となく分かるようになったのは、東日本大震災の年の夏。「あの人が夢に出てきた。きれいな顔だった」。遺族との語らいの中で、こうした話を何度か聞いた

▼この感覚は、74年前の夏に通じるのではないか。舞台は3年後の広島。被爆死した父が娘の前に現れる。作家井上ひさしさんの戯曲「父と暮せば」。娘は自分が生き残った意味を父との対話から見いだしていく

▼「おそらく私の一生は、ヒロシマとナガサキとを書きおえたときに終わる」との、井上さんの思いを継承した山田洋次監督の映画が「母と暮せば」。こちらの舞台は長崎。被爆死した息子が、母の前に現れ対話する。息子は生き残った恋人の幸せを願う

▼風化にあらがい、災禍を継承していく。そのため、死者の声に耳を澄ますこと、心の中に「死者との共生の感覚」を宿し続けることの大切さを、2作品は静かに訴える

▼「核なき世界」を願う声に聞く耳を持たない日本政府。2017年に国連で採択された核兵器禁止条約の署名・批准に、一貫して否定的だ。「核保有国との橋渡し役」を自任しつつも、十分な役割を果たせていない現状に、被爆者から不満の声が上がる

▼きょうは長崎原爆の日。「このままでは『過ち』が繰り返されるのではないか」。死者たちの声が聞こえてくる思いがする。