その一文を新渡戸稲造が書いたのは、91年前だった。当時から米国では白人(アングロサクソン系)が他を差別していた。それを政治目的にすれば「効果が少(すくな)いのみならず、かえって弊害あるを怖(おそ)る」と

▼週末に米国で相次いだ銃乱射事件に、改めて新渡戸の眼力を見る。南部テキサス州の事件は、白人の男が中南米系移民への憎しみを募らせた可能性が高い。問題は、男がトランプ大統領をネット上でたたえていたことだ

▼トランプ氏といえば、人種差別との非難を最近も浴びた。対立する非白人の議員に「(国から)出て行け」と叫ぶ。政治目的で差別をあおった結果が事件につながったとすれば、まさに「弊害」だろう

▼新渡戸の厳しい目は日本にも向けられる。大和民族を誇るのはいいが「一体祖先とはだれをいうのか」。昔から朝鮮人や支那(中国)人がやって来て、混血したのが、わが祖先だ。誇るべきは人種の純粋さではない-と

▼朝鮮人への差別が激しかった時代、正論を吐くのは勇気が要ったかと思われる。韓国との間に深い亀裂が入った今、再び人種差別の芽が一部の世論には見えてきた。それを社会の中で育ててはならない

▼「我々の系図の中に朝鮮人や支那人の入っているのを寧(むし)ろ誇(ほこり)とする時代が来るであろう」。そう言われれば、隣同士でののしり合う無意味さが分かる。