今月、一関学院高野球部を春夏合わせて、6度甲子園に導いた沼田尚志さんからバトンを受け、教え子の高橋滋部長が監督に就いた。高橋さんと言えば、思い出されるのは麻生一関高(現一関修紅高)との2日間30回に及ぶ死闘だ

▼1990年の岩手大会準々決勝。一関の私立対決は両校譲らず延長十八回で引き分けた。再試合も九回で決着がつかず、延長十二回の末、捕手の高橋さんは涙をのんだ

▼相手の本塁を守っていたのは、伊東純さん。卒業後、一関学院高陸上部の監督に走る才能を見いだされ、陸上長距離に転向すると、2000年からはかつてのライバル校のコーチを引き受けた

▼一方、高橋さんは野球から離れず、教諭として母校に戻りコーチ、部長に。ともに指導者として、岩手の球史に刻まれる熱戦を繰り広げた元球児2人の人生が交差する

▼30年近く、沼田野球を学んできた高橋さんが満を持して指揮を執る。5位を筆頭に全国高校駅伝4度入賞に貢献し、昨年限りでコーチを退いた伊東さんは「次は滋の番」との思いだろう

▼今春、2人は再び別の道を歩み始めた。伊東さんが勤務する一関市の事業所が閉鎖となった。異動先の福島市から今月の秋季県大会地区予選で初陣を迎える仲間へエールを送る。29年前の夏、ともに果たせなかった「甲子園で活躍する姿が見たい」と。