盛岡市の上田中(佐野理校長、生徒378人)は1学期、3年生の社会・歴史的分野で岩手日報を活用した授業を展開した。第1次世界大戦の単元では、当時の記事を教材に「岩手で戦争がどのように報じられたか」を考えた。生徒は、戦況への関心が高まっていった事実を紙面を通して知り、100年前の戦争を身近な地域を巻き込んだ出来事として受け止めた。

 第1次世界大戦当時の岩手日報は、1914(大正3)年から1917(同6)年までの九つの記事と一つの紙面。担当の上田淳悟・主幹教諭(46)が「第1次大戦は岩手にも伝えられていただろうか」と問いかけた。欧州で始まった戦争と日本参戦について教科書で学んできた生徒は「情報が来なかったと思う」「岩手にも伝えられていた」とそれぞれ発言した。

 当時の岩手日報の記事が示され、ワークシートに沿って考える。「大戰亂(だいせんらん)」や「歐州(おうしゅう)」など現在と違う漢字や「刻下」といったあまり使われない表現も多い。だが、生徒は既習の内容とあって次々に読み解いた。

 オーストリア宣戦布告や米国参戦の記事、成り金の増加を憂える投稿など一つ一つが教科書を裏付ける。全面が戦況を報じる記事で埋め尽くされた紙面などをグループで読み、内容を発表。日独国交断絶を機に岩手日報が休刊日の廃止を伝える社告を読み、戦争の影響が古里をはじめ全国に広がる状況を感じ取った。

 生徒は「難しかったけれど、授業で覚えた知識で読むことができた」「教科書には岩手の記載はないが、新聞を読み戦争への関心が地方でも高かったことが分かった」と感想を述べ、新聞を活用した学習に関心を高めていた。

 第2次大戦の学習でも東京大空襲や盛岡空襲の記事を利用。自由な報道を禁じる言論統制の危険性や戦火が身近な地域に及んだ状況など、新聞を活用し教科書の史実を生徒がリアルに感じる授業を進める。

時間、距離のギャップ埋める

 社会科における新聞活用について上田主幹教諭は「時間と距離のギャップを埋め、生徒の思考を深める」と説く。教科書が中央の視点で書かれ「遠さ」を感じる点を指摘し「学習の内容を地域の出来事として捉えられる」と説明。「地方紙は、地域の暮らしの中の歴史、日常の象徴。当時の様子をうかがい知れる歴史資料として最適だ」とし、生徒に対し「図書館などで、自ら記事を探すようになってほしい」と願う。