「国会議事堂に、いま車椅子が入る。日本の国政史上初めて車椅子が入る。…(どんよりした雲が覆う)空の重さにも似て、私の心も重い」

 1977年、国会議員に初当選した八代英太さん。初登院時の苦労を、著書「負けてたまるか車椅子」に記す。

 仲間4人に車いすをかつがれ、中央玄関の階段を何とか上る。急きょスロープなどが設置されたものの、建物はバリアーだらけ。

 「いまの政治は、きっかけを作らないことには、すべてが始まらない」。車いすの前輪が食い込む赤いじゅうたんを汗だくでこぎ、大きな一歩を踏み出した。

 そして今、新たな「きっかけ」が作られる。参院選で、れいわ新選組から難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」の船後靖彦さんと、脳性まひの木村英子さんが初当選した。8月1日、臨時国会が召集される。重い身体障害がある2人は、どんな心持ちで初登院に臨むだろうか。

 日本では、八代さんら当事者の地道な運動で、障害福祉施策が少しずつ充実してきたものの、今なお重度障害者の社会参加の道は険しい。旧優生保護法下で強制不妊手術が繰り返されるなど、国策として障害者を排除してきた歴史が長いだけに、差別意識も根強く残る。

 国会が変わることは、社会を変えるきっかけになるはずだ。2人が晴れやかな心で一歩を踏み出すことができるように、十分な配慮を望む。

 重度障害者への対応をめぐり、与野党は参院議院運営委員会理事会で、本会議場の出入り口近くに新たに2議席を設けるなど、国会のバリアフリー化を本格的に進めることを申し合わせた。介助者の本会議場入場も認める。

 入り口の準備が間に合ったとしても、問われるのは本格的な論戦時の対応だ。

 国会は「前科」がある。2016年、衆院厚生労働委員会の障害者総合支援法改正案の参考人質疑で、当事者として意見を求められたALS患者の男性の出席が拒否され、差別的対応と批判を浴びた。

 民進党(当時)が男性の出席を要求したが、自民党が「やりとりに時間がかかる」と拒んだという。与野党が調整し、最終的には参院厚労委で意見陳述が実現した。

 同じくALSの船後さんは声が出せず、歯でかむセンサーでパソコンを操作したり、文字盤を目線で追って介助者に意思を伝える。それだけに時間がかかる。

 十分な発言時間を確保する上で最大のバリアーは、議員個々の意識であろう。「私たちのことを、私たち抜きに決めないで」。障害福祉の根本理念を、与野党の別なく共有してほしい。