約2カ月後にラグビー・ワールドカップ(W杯)開催を控えた釜石市の鵜住居復興スタジアムでパシフィック・ネーションズカップ「日本-フィジー」の取材に加わった

▼県内では、もちろん初のテストマッチ。東日本大震災で被災したラグビーの街で桜のジャージーが躍動する姿がついに現実のものとなった。本県出身選手や釜石シーウェイブス(SW)RFC勢がいれば文句なしなのだが、それでも十分、胸が熱くなった

▼この人も同じ思いだったろう。日本協会長に就任して1カ月の森重隆さん。釜石SWの前身、新日鉄釜石のV7戦士だ。当時、練習していた松倉グラウンドとは比べものにならない芝の新スタジアムを昨夏のこけら落としに続いて訪れた

▼出身地の福岡市で3度お会いした。トレードマークの口ひげは既に白くなっていたが、気さくな人柄は変わらず、いつもユーモアを交えて取材に応じてくれた

▼引退から数十年がたっても、古巣への愛着も変わらなかった。九州協会長の立場にありながら、地元九州勢と対戦する釜石SW側に陣取り「もちろん釜石の応援ですよ」

▼W杯がなかった当時、日の丸を背負って27試合に出場した北の鉄人が、ホスト国の顔としてアジア初の祭典を迎える。釜石の黄金期を築いたように、熱いハートでラグビー新時代を切り開いていくだろう。