宮沢賢治が投宿し、2階客室の窓から眺めた情景を詩「人首(ひとかべ)町」に詠んだ奥州市江刺米里の「菊慶旅館」が8月に解体される。東日本大震災の被害による廃業後も建物を残して公開していたが、維持管理の難しさなどから苦渋の決断となった。8月14日まで土日に建物や客室を公開し、賢治が見た景色や地域の歴史を最後に伝える。

 賢治は1917、24年の2度、江刺地域の山々の地質調査や散策の際に同旅館に泊まったとみられる。詩「人首町」は24年3月25日の日付で「雪や雑木にあさひがふり 丘のはざまのいっぽん町は あさましいまで光ってゐる そのうしろにはのっそり白い五輪峠…」と続く。

 人首地域は内陸と三陸を結ぶ盛街道沿いの宿場町として栄えた。同旅館は1903年開業。行商人や鉱山関係者の宿泊のほか、地元住民の冠婚葬祭や宴会にも利用された。

 建物は76年に建て替えられたが、賢治が泊まった同じ位置の客室の窓からは「いっぽん町」と表現された真っすぐな街道と両脇の商店や家が見え、その先には遠野市につながる五輪峠を望める。

 2011年の震災で天井の一部が落ちるなどの被害を受け廃業。その後も建物を残していたが、旅館の4代目菊池庄晃さん(68)の足が不自由になったことや維持管理の限界から解体、改築を決めた。

 8月下旬の解体工事を控え、14日まで土日の午前10時~午後2時に公開。問い合わせは午後5時~同9時に竹内さん(090・2606・6417)へ。