「昨年八月の末自分は遠野郷に遊びたり」「馬を駅亭の主人に借りて独り郊外の村々を巡りたり」。民俗学不朽の著「遠野物語」序文に柳田国男は記す。遠野は、興味深い話を提供した佐々木喜善の故郷だ

▼「昨年」とはいつ? 「駅亭」はどこ? そのような事実関係から、物語119話の民俗的背景、地理、集落の事情を調べるのに便利な一冊がある。約20年前に発刊された「注釈遠野物語」。今も時折ひもとく

▼編著者は、共に学ぶ有志が集った「遠野常民大学」。地元ならではの視点や解釈を加え、名著の価値を改めて見直す活動の集大成が「注釈―」だ。約20人のメンバーが、フィールドワークや文献調査を重ねた

▼主宰する大学教授らの助言を受けながら元教師や経営者、会社員らが執筆。活動を引っ張り、支えていたのが運営委員長の小井口有(たもつ)さんだ。Uターンして家業の経営に携わりつつ、まとめ役を務めた

▼その後、人づくりを目的に勉強と交流の場を設けた。地元だけでなく転勤族にも声を掛け、自宅を会場に20年以上も続いた。そんな情熱を傾けた小井口さんが亡くなった。遠野の未来を熱く語る姿が目に浮かぶ

▼「注釈―」あとがきでは、次代に読み継がれること、生まれ育った地域の豊かな文化に誇りと自信をもって生きることを願った。その思いは伝わっていくだろう。