差別の問題に、国として全力で取り組む決意表明と受け止めたい。ハンセン病患者の隔離政策による家族の被害を認め、国に損害賠償を命じた熊本地裁判決について、安倍晋三首相が9日、控訴しないと表明した。家族541人に計約3億7600万円の賠償を命じた判決が確定する。

 家族の苦しみに寄り添い、「時効で賠償請求権は消滅していた」など国側の主張を退けた地裁判決に対しては、政府内から「控訴すべき」との声が上がっていた。異例の政治判断の背景には、参院選の投開票を前に、「人権軽視」との批判を回避する狙いも指摘されている。

 「家族の苦労をこれ以上、長引かせるわけにはいかない」と首相。その言葉通り、苦労を重ねた家族に対し、謝罪と補償など具体的な救済策に早急に取り組むことで、「選挙向けのポーズ」との疑念を払拭(ふっしょく)してほしい。

 裁判で勝っても、偏見や差別が一挙に解消されるわけではない。あくまでスタートラインに立ったということだ。

 2001年、元患者本人の訴訟で熊本地裁判決が国に賠償を命令。国の控訴断念で喜びに沸く原告の元に「強制隔離されたおかげで、病気もよくなったのではないか。そのことを忘れて、損害賠償を求めるとはどういうことか」との差出人不明のはがきが届いたという(熊本日日新聞社編「検証・ハンセン病史」)。

 差別感情の根深さを物語るエピソードだ。今回の家族訴訟も、提訴していない家族は多いとみられる。しかも、訴訟に加わった家族も大半が匿名だ。家族が隠さないで生きることができる社会に向け、偏見や差別解消の取り組み強化が欠かせない。

 今回の政治判断は、旧優生保護法下で不妊手術を強制された被害者側からも歓迎の声が上がる。ただ、根本匠厚生労働相は優生手術訴訟などへの影響について「ハンセン病による隔離政策は誤った立法措置などの特殊性があることから、単純に波及するとは考えていない」との立場だ。

 だが、5月の仙台地裁判決は、旧優生保護法を「違憲」と判断。誤った国策の犠牲になり、個人の尊厳が踏みにじられたことに変わりはない。

 優生手術被害者の救済法が4月に成立したが、「国の謝罪」を求める被害者側との溝は深い。首相は、旧法下で「不良」「劣等」と差別された障害者らの苦しみを癒やす取り組みにもリーダーシップを発揮してもらいたい。

 ハンセン病を皮切りに、さまざまな病気や障害、偏見や差別の問題に目を向け、幅広く救済する政治を実現していく。控訴断念は、その転機になるか。政治判断の行く末を注視したい。