元衆院議員の菅原喜重郎(すがわら・きじゅうろう)氏が26日午前7時40分、慢性呼吸不全のため、一関市東山町長坂の自宅で死去した。92歳。一関市東山町長坂出身。火葬、葬儀、告別式は近親者のみで行う。喪主は長男喜哉(よしや)氏。

 今年2月ごろから体調を崩し、入院を経て、約1カ月前から自宅で療養していた。

 1963年から旧東山町長を5期務めた後、83年の衆院選に旧民社党公認で出馬し初当選。90年衆院選で再選を果たした。96年衆院選は旧新進党公認、2000年衆院選は旧自由党公認でいずれも比例東北ブロックで当選。01年1月には衆院懲罰委員長に就任したが、同年8月に「若い世代に将来を託したい」として任期途中で引退した。

 通算4期務めた衆院議員在職中は、地方の農業振興や農政改革を訴え続けたほか、西アフリカ・マリ共和国訪問団長として99年に同国を訪問するなど国際親善にも力を尽くした。