ひとり親のサチに、19歳の一人息子がハワイで亡くなったと連絡が入る。慌てて現地に向かうが、息子を火葬にする現金がない。やむなく火葬代をクレジットカードで支払う。「それは彼女にはずいぶん非現実的なことに思えた」

▼村上春樹さんの「ハナレイ・ベイ」は、カード払いを隠し味にした物語だ。でも、現金を使わぬキャッシュレス決済は今や火葬代にとどまらない。お守りをカードで買い、おさい銭をスマホで払える神社もあると聞く

▼今年も前半を振り返る時期になった。身の回りの大きな変化は「○○ペイ」の店が急増したことではなかろうか。世は脱現金に向かっているらしい。「ペイ」の種類が増え、総務省はコード統一の事業を岩手で試みる

▼ところが、急に脱現金へ進むことに人々は戸惑う。世論調査では、消費税増税で行われるキャッシュレス決済のポイント還元に6割が反対した。カードやスマホ払いを「非現実的」と思う人は多いようだ

▼「ハナレイ・ベイ」には、親のカードを持つ若者も登場する。初めは慎重に使っていたが、やがて歯止めが利かない。「一回使うとクセになっちゃうんですね」

▼「非現実的」であるため、つい浪費してしまうのがキャッシュレスの宿命だろう。使う時、「現実」の財布の中が分かるような仕組みもほしい。クセにならぬように。