夏目漱石は、香港が苦痛だった。留学先の英国に渡る際、2日間停泊したが、船酔いに加え、現地人のマナーや食事が肌に合わず、友人の高浜虚子に「茶漬けやそばが食いたい」と手紙を送った

▼1900年、漱石33歳。その後の英国で文化の違いにがくぜんとし、神経衰弱に陥るが、兆候は香港滞在時から表れていた。当時香港は英国領。西洋と東洋が混在するかの地は相当なカルチャーショックだったに違いない

▼香港の歴史は数奇だ。地理的にアジアでありながら150年以上もの間、本籍は英国。一時、日本統治の時期もあったが、いずれ植民地支配下としては世界でも例を見ない経済発展を遂げてきた

▼街並みはエスニックでもあり、端正でもある。ここはどこの国か。中国に返還直後、現地を歩き、不思議な気分になったことを思い出す。懐の深さとエネルギッシュな人の波。至る所で文化の混ざり合う音がする

▼その香港が今、揺れている。中国本土への容疑者引き渡しを可能にする問題をめぐり、100万人規模のデモが続いた。当初から一国二制度の矛盾は指摘されていたが、「香港の中国化」にノーを突きつけた

▼デモには返還後に生まれた多くの若い世代も参加した。ここは英国でも中国でもない、自分たちの香港だ。愛郷の叫びが世界に響く。力ずくの支配はこりごりだと。