認知症の人の意思を尊重し、住み慣れた地域で自分らしく暮らせる社会の実現を目指す-。政府が2015年策定の新オレンジプランで掲げていた「共生」の理念だ。

 さらなる認知症対策強化に向け、政府は「共生」に加え「予防」にも重点を置いた新大綱を策定した。これで、共生社会に近づくことになるだろうか。「予防」をめぐる議論で、認知症の人の思いをないがしろにした経緯を踏まえれば、その道のりははるかに遠いと言わざるを得ない。

 認知症には確立された予防法はないものの、生活習慣病との関連などが指摘されている。高齢化社会が進む中、何歳になっても健康を保とうと積極的に外出したり運動に励む人も増えてきた。新大綱で、こうした取り組みを後押しする方向性を打ち出したことは理解できる。

 ただ、そもそも「予防」が重点化された根底には、増大する社会保障費を抑制する思惑が見え隠れする。

 昨年10月の政府の経済財政諮問会議では、民間議員が認知症に関して「社会的コストが30年には21兆円を超える」との推計を取り上げ、予防の重要性を訴えた。これを踏まえ、素案に「70代の発症を10年間で1歳遅らせる」との数値目標が盛り込まれた。

 当事者や支援団体が「認知症になった人は努力不足という偏見を助長する」などと猛反発。政府は数値目標を取りやめ、参考値に格下げした。

 新大綱の策定過程で、当事者の思いを丁寧にくんでいれば、こんなことにはならなかったはずだ。認知症の人を「社会的コスト増大の元凶」と見なす姿勢では、共生社会の実現は望めまい。

 近年は、当事者が自らの思いを発信する機会が増えてきた。その一人、丹野智文さんの著書「笑顔で生きる 認知症とともに」(17年)の指摘は、「共生と予防」を考える上で示唆に富む。

 「仮に将来、認知症を治せる薬が開発されたとします。それで認知症がなくなっても、老化は防げないと思うのです。…だから、認知症にやさしい社会を作っていけば、仮に認知症がなくなっても、そのままお年寄りにやさしい社会にスライドできます」

 新大綱には「認知症の人本人の情報発信支援」を盛り込んでいる。せっかく発信しても、受け止めなければ意味がない。政府は率先して耳を傾けるべきだ。

 認知症になると、外出を控えがち。新大綱は「認知症バリアフリー」の推進に向け、公共交通の事業者に配慮計画作成を義務付けることも打ち出した。実効性ある計画にするため、どれだけ当事者の経験を反映できるか。「共生」への試金石になるだろう。