盛岡市の上田中(佐野理校長、生徒377人)の3年生123人は7日、社会科の第1次世界大戦を学ぶ授業で、大正時代の岩手日報を使い本県で戦争がどのように報じられていたかを学んだ。

 授業のテーマは「岩手において第1次世界大戦はどのように報じられたか」。1914(大正3)年~17(同6)年の紙面から▽オーストリアの宣戦布告▽日本とドイツの国交断絶▽ロシアの二月革命▽盛岡市で開かれた欧州の戦争に関する講演会-など九つの記事を取り上げた。

 生徒は教科書で学んだ知識を基に読み解き、グループで話し合い、記事の内容を発表した。

 3年2組の松井花珠(はなみ)さんは「教科書には岩手のことが書いていない。新聞を読み、岩手も戦争で緊迫していた様子が分かる」とし、熊谷駿志(たかし)さんは「(第1次大戦)開戦の後、岩手日報に戦争の記事がたくさん載っていたことが分かった」と新聞が地方に情報を伝えていたことを実感した。

 担当した上田淳悟教諭は「新聞は時間と距離のギャップを埋め、思考を教科書の内容に近づける」と語り生徒に「地元がどうだったかを考えながら歴史を勉強しよう」と呼び掛けた。