2019.05.02

あしあと(13)菅野 善夫さん(陸前高田)

気仙杉のぬくもりあふれる新居で語り合う(左から)及川賢治さん、菅野善夫さん、岡田良一さん=陸前高田市高田町(撮影データ=45ミリF4、60分の1秒)

気仙杉の家、友が力に

 静か-。軟らかい杉は雪のように音を吸収し、ほんのりと温かく、心安らぐ香りが漂う。柱などの構造材のほか、壁の羽目板や天井、床板まで、材料はほぼ全て気仙杉だ。「小さいけれど、最高の家を建ててもらった」。陸前高田市高田町の高台団地に新居が完成した、横浜市の弁護士菅野善夫さん(64)は、床に座って友と語らう。

 家造りは、陸前高田市内の山林で木を選ぶところから始まった。森林が持続できるよう建築に適した木だけを選び、2017年1、2月に伐採。1年間枝をつけたまま山中に放置する「葉枯らし」と呼ばれる方法で自然乾燥した。

小さいながら、気仙大工の粋を集めた新居(撮影データ=35ミリF11、125分の1秒)

 家は一部2階建て、延べ床面積90平方メートルほどだが、太いはりで強い構造をつくり、軒の裏側までしっかり手をかけて仕上げた。

 かつて気仙地方でよく見られた家造りの手法だが、復興が進む被災地では、工場で加工した部材を持ち込み、作り手の技術を問わず安定した品質の家を建てられるプレハブ工法などが主流。大工や職人が時間と手間をかけて造り上げる家は少数派になりつつある。

 東日本大震災では、養父恒雄さん=当時(82)=と弟利夫さん=同(52)、利夫さんの妻で義妹の絹子さん=同(48)=を亡くした。

 家造りは、夫を失い横浜市の善夫さん方に1人避難した養母樅子(しょうこ)さん(86)の願いだった。震災から3年、4年と時を経ても、樅子さんはいつか陸前高田市に戻り、新居で暮らすことを夢見ていた。

 願いをかなえようと相談したのが、同市の一中時代の友だった。「地元の木を使い、地元の大工が建てることで、より復興につながる」と話が盛り上がり、設計を同市竹駒町の建築士及川賢治さん(63)、施工を同市高田町の気仙大工岡田良一さん(63)が担った。

 建設が始まると毎月のように古里へ通い、共にしっくいを塗り、夜は杯を交わして古里の将来を語り合った。友情の結晶と共に新居が完成した。

 だが、大規模な高台団地を造成した復興事業にそもそも時間がかかり過ぎていた。樅子さんはその間に体調を崩し、1人暮らしが難しくなった。心を込めて建てた家は、主がいないままだ。

 新居は今、家造りを通じて一層友情を深めた3人の語らいの場になっている。「豊かな木材と確かな技術に裏打ちされた本物の家造りなど、気仙には多くの資源がある」。古里の未来を思うと、話は尽きない。

 亡くなった弟夫婦の子どもも大人になり、復興のために働いている。「若い力に期待しつつ、私も力になりたい」と、友と古里の「復興後」を思い描く。

(文・写真、報道部・太田代剛)

賢治の言葉

岩手山/いただきにして/ましろなる/そらに火花の涌き散れるかも

 学友保阪嘉内との登山にて

 
~東日本大震災
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 ◇主な使用資機材▽カメラ ペンタックス67、ニコンF3P▽フィルム ネオパン100アクロス▽フィルム現像液 D-76▽印画紙現像液 デクトール