今春から2度目の支局生活を送っている。32歳になったが、新人に戻ったつもりで広大な管内を東奔西走している。

 入社からちょうど10年が経過したが、大半は本社の整理部という紙面レイアウトや見出しを考える部署で過ごし、現場取材の経験は通算2年と少ない。

 支局では事件や事故、火災が起きれば昼夜を問わず、すぐ現場へ向かう。原稿を受ける側から出稿する側に立場が変わり、悪戦苦闘を続けているが、新たな出会いの連続にやりがいも見いだしている。

 以前、陸前高田支局で勤務したのは東日本大震災3年目の2013年。6年ぶりの沿岸部では当時との違いも感じる。震災当時に生まれた子どもは小学生となり、大災害の記憶を持たない世代も増えている。

 仮設住宅が大幅に減少したことは喜ばしい変化だが、住宅再建や災害公営住宅への入居で大切な人と人とのつながりを失った住民もいる。「(新しい住居より)住民同士の絆が実感できた仮設住宅の暮らしが良かった」と嘆く高齢女性の一言が忘れられない。

 同じ地域で暮らし、新聞記者として働く自分に一体何ができるのか-。できる限り多くの住民と会い、心を通わせながら少しずつでも模索していきたい。

(工藤 光)