日本という国は、アラビアの砂漠にも劣らぬほど珍しい。名著「風土」にそう記している和辻哲郎は、理由の第一に交通事情を挙げた。日本での自動車は、麦畑を「猪(いのしし)が暴れまわるような感じである」

▼欧州に比べて日本の道路や街並みは弱々しく、頼りない。その中を走る車は、わが物顔で麦畑を突進する猪のように見える。人間が使う道具にすぎないのに「人を圧し家を圧し町を圧してのさばり回っている」と

▼この一文を和辻が書いて90年。日本の道路や街並みは前より整ったものの、何が変わったのだろう。暴走車が横断歩道の母子をはね飛ばし、歩道にいる園児の列に車が突っ込む。今も猪はたけだけしく襲ってくる

▼春の全国交通安全運動を重い気分で迎えた。日本では歩行者や自転車が犠牲になる事故の率が極めて高い。交通戦争は昭和の言葉かと思っていたが、平成の終わりと令和初めの大きなニュースが痛ましい事故とは

▼日本の狭い道路を走る車を、和辻は「運河に入った鯨(くじら)」とも言い表した。東京・池袋と大津市で亡くなった2、3歳児の目には、迫ってくる車が巨大な鯨に見えただろう

▼被害者とともに、加害者のことも考える。残りの人生、どのように罪を償い、生きていくのかと。その苦しみを思いつつハンドルを握りたい。猛進する猪や、人を脅かす鯨にならぬよう。