「座敷わらしの宿」として全国にファンを持つ二戸市金田一の旅館緑風荘。築300年以上の母屋奥座敷「槐(えんじゅ)の間」に祖先の座敷わらし亀麿(かめまろ)が現れるといわれ、宿泊客から不思議な体験談が寄せられている。

 母屋奥座敷の槐(えんじゅ)の間に泊まり、座敷わらしに会うと出世すると言われている。戦前は原敬、米内光政ら歴代首相が宿泊し、開業後は本田宗一郎、金田一京助ら各界著名人が訪れた。

 緑風荘は2009年10月4日、母屋を含む4棟が全焼。金田一温泉の名前を全国区にした名所が約3時間にわたり燃え続けた。宿泊客一人が軽傷を負った以外、客・従業員30人の無事が確認され、関係者は胸をなで下ろしたが、同地方の観光に深刻な打撃を与えた。

焼け残った亀麿神社。旅館焼失後もファンが参拝に訪れた

 多くのファンに衝撃を与えた緑風荘の全焼。一方、槐の間近くに建つ亀麿神社は無傷で残り、ファンが参拝に訪れた。灰を持ち帰る人や、テントを張って泊まりたいと希望する人までいたという。

 漫画家の故水木しげるさんも当時、「(座敷わらしは)神社の中にいると思う。再建に向け頑張ってほしい」と声援を送っていた。

 緑風荘の知名度が全国区になったのは、金田一に在住した芥川賞作家・故三浦哲郎さんが1971年に発表した、座敷わらしを取り上げた児童小説「ユタとふしぎな仲間たち」が、きっかけ。小説には、くしくも座敷わらしが住む旅館の離れが燃える結末が描かれている。

 全焼後、地元からのお見舞いや全国から励ましの手紙が数多く届いた。目撃体験や御利益などが記され、支援金も入っていた。

かすりの着物姿で座敷わらしに扮し、踊りを披露する金田一保育所の園児たち

 2016年5月14日、緑風荘はファンの支援や個人投資家からの出資金などを受け、6年7カ月ぶりに待望の営業を再開した。

 新施設は南部曲がり屋風の母屋と風呂、宿泊棟の3棟で、延べ床面積約千平方メートル。客室は和洋室(定員5人)4部屋、和室(同6人)6部屋。従来の半分の規模となったが、座敷わらしとの「再会」を楽しみに、ファンが続々と訪れている。