西日本豪雨で大きな被害を受けた愛媛県西予市を訪問した際、案内してくれた「ギャラリーしろかわ」元館長の浅野幸江さんから手紙が届いた。同市野村町の友人宅の解体に際して、屋根裏から見事な「網代(あじろ)」が見つかったという

▼かつて養蚕で栄えた野村町。網代編みの竹ザルのことを、当地では網代と呼ぶ。その上に桑の葉を載せ、蚕を飼っていたそうだ。竹の表側と内側の色合いを巧みに使い分け、鮮やかで緻密な編み目模様が美しい

▼裏面には製作年などが記されているが、製作者は不明。明治時代の約140年前に作られた網代も、現役で使える。名もなき職人の確かな手仕事。早速電話して、復興状況や生活文化継承の大切さを語り合った

▼ろくな仕事をしていないのに、名前だけ残ってしまったのが、桜田義孝氏。本県の同僚議員を「復興以上に大事」と発言し、五輪相を事実上更迭された。これまでも再三失言を重ねていたが、今回は次元が違う

▼今村雅弘氏の名も忘れられない。大震災被害に関して「まだ東北で良かった」と述べ、復興相辞任に追い込まれた。政治家と被災地の乖離(かいり)がまたしてもあらわになった

▼東日本も西日本も、被災者の生活再建や歴史文化の保存継承など課題は数多い。相次ぐ問題発言にめげることなく、被災地同士の密なつながりを明日への力にしたい。