子どもが成長する過程で大切な「安心感」。しかし家庭環境や人間関係など、様々なきっかけで基盤が揺らぎ、つらさやストレスを抱える子も。ましてや突然の大災害が、心の育ちに与える影響は計り知れない。8年前の震災で「何もできなかった」無力感や罪悪感に苦しんだのは大人だけではない。抱えきれないほどの悲しみを経験した子どもたちは、どのような心の軌跡をたどってきたのだろう。

<ふたをしたままの記憶と向き合う>

 「こんにちは。最近の調子はどう?」「先生、私、東京の大学に合格したんです」「ほんと!すごいじゃない。がんばったね、おめでとう!」

 岩手県釜石市にある県立釜石病院の会議室。岩手医大の児童精神科医八木淳子医師と、近郊から訪れた女子生徒(19)がリラックスした表情で会話を続ける。

 「いわてこどもケアセンター釜石ブランチ」。週一回、内陸から専門チームが片道2時間かけて訪れ、会議室の一角が「診療室」に早変わりする。通ってくるのは、2011年の東日本大震災で壮絶な体験をし、専門的な治療が必要とされた子どもたち。常に予約で埋まり、新患の子もいれば、8年近く通う子もいる。

 「試験の時、人がたくさんいたでしょう。緊張や不安はマックス10として、いくつだった?」「6とか5かな。落ち着いて受けられました」「じゃあ、不安をやり過ごすことができたんだね。すごいすごい」

<「自分を客観視する」習慣付け>

 自分の気持ちを数値で表すのは「認知行動療法」という治療法でしばしば用いられるスキルのひとつ。子どもたちが自分を客観視する習慣を付け、自らの心と冷静に向き合えるよう、通院を「卒業」した後を見据えて、診察中の会話にさりげなく取り入れている。

 生徒に続いて入室した母親には「長かったけど、ちゃんとこういう日が来るんだね。お母さんもよく支えてこられました」とねぎらった。

 現在も仮設住宅に住む生徒は、震災後すぐに入学した中学、高校と不登校になり通信制の学校で勉強した。人混みは苦手だったが、春からの新生活は「不安もあるけど楽しみの方が大きい」とはにかんだ。

 春からの治療体制を確認して診療は終了。確実に自立への一歩を踏み出しているが、ここに至るまで、心にふたをして閉じ込めてきたトラウマ体験と時には泣きながら向き合い、誤解したままの記憶による「役に立たない、誤った認知」を修正する治療を医師らと家族が一体となって積み重ねてきた。

<数年経ってから受診する子も>

 11年の震災発生当時、岩手県内には児童精神科専門医療機関はなかった。もともとの医療資源不足に重なる被災。同年6月、県内外の医師の応援を受けて「宮古子どものこころのケアセンター」、続いて大船渡市と釜石市にもセンターができ、それぞれ週一回の診療が続いた。

 13年には子どもの心のケアを医療的側面から担う拠点として「いわてこどもケアセンター」が岩手医大内に誕生。沿岸の3センターは「ブランチ」として引き継がれ、現在も週一回、児童精神科医や心理士などの多職種によるチームが出向いて診療している。

 ケアセンターの相談件数は増える一方で、13年度2千件、翌年度は4千件、17年度は7千6百件(いずれもブランチ含む)とパンク寸前だ。震災から数年後に受診する子もいれば、近年は震災関連に限らず発達の問題や「落ち着きがない」などの相談も増え、医師たちは息付く間もない毎日を送っている。

<「誤解や思い込み」起こりやすく>

 副センター長を務める八木医師の専門は子どもの発達とトラウマ。震災直後から現地で心のケアに携わり、多くの子どもたちと接してきた。

 子どもの脳は発達途上にあり、思考や判断も大人のようにはいかない。「起こったことをその時点の自分にわかる範囲で理解するため、自分のせいと思い込む『自己関連付け』が起こりやすい。『誤った認知』による思い込みが解かれなければ、その後の思考や感情も健康的に機能しなくなってしまう」と八木医師は指摘する。

 親しい相手を亡くした場合「(津波で)自分が手を離してしまったから」「自分には何もできなかった」と前後に起きたことと関連付けて罪悪感や無力感を抱いたり、その体験にまつわる記憶との向き合いを避け続けたりする。負傷した人や遺体を多く目にしたり、一度は津波に飲み込まれるなど壮絶な体験をした子の場合、日常生活でも再び心が傷つきそうな場面になるとそれを避けようとしたり、世の中の見方が否定的になってしまうことがある。これらがトラウマによって起こる症状だと知らないまま、嫌なことから逃げたり不登校になるのは「自分がダメだからだ」と思い込んでしまう子も多いという。

<「あなたが弱いからじゃない」>

 診療では「あなたが弱いからじゃない。トラウマ体験による症状だよ」と自分の身に起こっていることを知る「心理教育」から始め、「病気の『症状』なら治療する対象だよね」とトラウマとの向き合いに導く。そして「非機能的認知(誤解や思い込みによる、ものの見方の歪み)」の修正を試みる。

 被災した親や大人も同様に傷ついていることを、子どもは敏感に感じ取る。「話をしても相手が不安や負担を感じないで聴いてくれる」という信頼関係ができると、子どもは安心して語り始める。震災から3年後に受診した男児が「たくさんの遺体が道端に転がってた」と言葉にしたのは、それからさらに1年後だったという。

 子どもの回復と成長には「安心感」や人とのつながり、特に家庭基盤がしっかりしていることは大切であり「トラウマの治療以前に、子どもの置かれた環境を整えることが重要」と八木医師。トラウマの専門治療が始まれば、診療の場以外の家庭や学校で、子どもが不安定になることもあり、それを支えるのは親や教師。親のカウンセリングや教師の後方支援をしつつ、治療導入のタイミングを慎重に見極めていく。

 「子どもの心のケア」はそれほどに、患者一人一人と長期にわたって向き合う。

 慢性的な医師不足に悩む岩手県では、子どもを専門とする精神科医はわずか数名。小児科医や臨床心理士も窓口となって対応しているが、最近は発達の問題の相談が増え、受診ニーズは高まる一方だ。

 災害とストレスに詳しく、震災後は岩手の子どもの心のケアにたずさわる冨永良喜兵庫県立大大学院教授(臨床心理学)は「トラウマの記憶を封印しつづけることはリスクでもあるが、どのタイミングで向き合っていくかという見極めは個人のペースに合わせて丁寧に見ていく体制づくりが求められている」 と指摘する。


 この記事は岩手日報社とYahoo!ニュースによる連携企画記事です。東日本大震災から8年、子どもの心のケアとどう向き合うべきか、改めて考えます。