節目に際し、震災遺構を巡った。10日は陸前高田市の奇跡の一本松、旧気仙中校舎を経て、宮城県の気仙沼向洋高旧校舎へ。この日、一般公開が始まった。

 津波は4階建て校舎の4階床上にまで到達。猛威をありのままに伝える校舎内の惨状に、言葉を失う。

 3階に突っ込んだ車、散乱する椅子、トロフィー、割れた窓ガラス。旧校舎の隣に新設された伝承館の大型スクリーンに映し出される津波や火災の映像に、驚きの声を上げ、涙を浮かべる人も。

 一連の展示から「津波死ゼロのまちづくり」への強い決意が伝わる。そして、現物こそ津波の猛威を伝え、風化を押しとどめる力になることを、あらためて実感する。

 岩手、宮城県では20カ所以上が遺構として保存され、宮古市のたろう観光ホテル、仙台市の旧荒浜小校舎など整備活用も本格化している。

 原発事故の影響で議論が進まなかった福島県でも2月、浪江町の請戸小旧校舎について、遺構として保存するよう町の検討委員会が提言。町は2020年度までに整備する方針だ。地震・津波・原発事故という複合災害の教訓を、3県で発信していくスタートラインが見えてきた。

 復興道路や鉄道網の整備で周遊性も高まる中、3県の官民が連携し、遺構を核に発信力を強化することで風化を押しとどめたい。明治、昭和三陸大津波などの石碑、今回の震災後に建立された碑なども順次リストアップし、教訓を伝える長大な「回廊」をつくりたい。

 11日は石巻市の旧門脇小校舎へ。津波と火災に襲われた旧校舎は今、一部保存か全体保存かで揺れている。

 市が15年に行った地元住民へのアンケートでは「解体」が約半数。住民感情に配慮し、市は一部保存方針を打ち出した。だが、地元町内会長らが今年2月、住民らにアンケートを実施。全体保存を望む声が多数を占めた。

 風化防止への意識の高まりの現れであろう。遺構を活用し教訓を伝えていく主体は、あくまで住民。その思いに配慮した形での整備を望む。

 一方で今月初め、多くの職員が犠牲になった大槌町旧役場庁舎は解体され、更地になった。保存を望んでいた遺族らの悲しみは深い。

 町を二分した旧庁舎の存廃問題。町職員遺族が死亡状況解明までの解体中断を求める中、町は解体に踏み切った。跡地は災害時に車を乗り捨てる「防災空地」にする方針だが、遺族側はモニュメントの設置などを求めている。

 町側が歩み寄り、対話を進めてほしい。遺構がなくなった今、教訓を継承していく上で遺族の力が欠かせない。