3月11日は1年間で唯一、時が止まる日。8度目の東日本大震災命日が過ぎた。釜石市や大槌町の知人、陸前高田市で知った犠牲者。取材を重ね、皆さんの表情を思い出す時間が毎年長くなっている。

 縁があり3度目の沿岸支局勤務。4年間で街の姿は大きく変わり復興を感じる半面、前に進めず歯がゆい思いを抱く市民もいる。寄り添いたい一心で多くの人に会った。子どもたちの将来への考え、首都圏から移住した若者の挑戦、高齢での店舗再建。刺激と言うよりも感服する毎日だった。

 陸前高田の特長を挙げるなら、一番に人情と答える。ありのままの自分を出し合える雰囲気。おもてなしがうまいとは言えないが、表面だけではない優しさを感じたときに陸前高田のファン「思民」になる。もちろん私も。民泊した首都圏の高校生は涙を流して別れを惜しむほどだ。

 少しでも市民になりたくて、バレーボールチームに入れてもらい、漁業、郷土芸能体験、お茶会、高田松原の植樹にも参加させてもらった。最初に覚えた気仙語は「おだづなよ(ふざけるな)」だったが、今では気仙語の会話が心地よい。

 人生で最も早く短く感じた4年間。異動でこの地を離れるが、さよならは言わない。電話を鳴らしてください。「はまかだ(仲間に入って語り合う)」に来ます。

(小田野純一)