「宮藤官九郎さんが、ここで弁当を食べていったんですよ」。笑顔で話すのは、脚本家の宮藤さんが手掛けたドラマ「あまちゃん」の祖母役「夏ばっぱ(天野夏)」のモデルとされる、工藤クニエさん(78)だ。三陸鉄道久慈駅内にある食堂「三陸リアス亭」で、夫の佐々木清雄(せいゆう)さん(82)と、1日20個限定の「うに弁当」を販売している。
 
 すぐに売り切れ「幻の」とも呼ばれる名物弁当。「あまちゃん」で取り上げられ、全国的な人気商品となった。繁忙期の週末や夏休みシーズンには、営業開始前から行列ができるほど。「予約していただいた分は、できる限り準備したい」と、多い日には100食を手掛ける。
 

「たくさんのお客さんとの出会いが人生の宝物」と、全国のファンに感謝する工藤クニエさん

 1人で調理を担当する工藤さんは「調理だけは他人に任せるわけにはいかない。味だけは絶対に守りたいから」と、毎日午前3時に起床。午前5時から調理を始める。味と量は、昔から一切変えていない。

 「うに弁当」のふたを開けると、まるで海を訪れたかのような磯の香りが漂う。目の前には黄金色に輝く、一面に広がるウニ。弁当箱に隙間はない。弁当1個に三陸沖産の蒸しウニが5、6個使われている。その下は「ウニの煮汁」で炊いたご飯が敷かれ、絶妙のうま味を引き出す。容器の中には副菜の漬物と小さなレモンがあるだけ。工藤さんが作る「うに弁当」は、ただ単にご飯に蒸しウニを載せただけのものではなく、丁寧に心を込めて作られた「作品」だ。

 リアス亭のオープンは、三鉄開業の翌年1985年。工藤さんは、三鉄車内でウニのほか、イクラやイカめしなどの弁当を販売した。一番人気は当時から「うに弁当」。次第に販売するのも「うに弁当」だけとなった。10年ほど前からは、リアス亭での販売に専念している。三鉄は3月23日に久慈から大船渡・盛までつながる。リアス線での販売は「やってみたいけれど、もう体がついていかない」と笑う。

 2011年3月11日の東日本大震災で、三鉄は駅舎流失や線路寸断など甚大な被害を受けた。夫婦はリアス亭の廃業も考えた。しかし、全国各地からたくさんの励ましの電話や手紙が届き、宮崎県から激励に駆け付けたファンもいた。「まだ続けなければいけない。私たちは生かされていることに感謝しなければいけない」と、店を続けることを決めた。震災から8年経った今も、客足は途絶えない。
 

三陸鉄道久慈駅で営業中の三陸リアス亭。訪れたファンからのサイン色紙が飾られている

 リアス亭は1カ月に2回だけ休む。「たくさんの人たちとの出会いが宝物。お客さんと話をするのが毎日楽しみだもの」と、午前7時から午後5時まで店頭に立つ。弁当を買っている間に列車に乗り遅れてしまったり、旅行スケジュールを詳しく語る人、「また買いに来たよ」と何回も訪れてくれる人や、「銀河鉄道999の漫画が面白いから読んでみて」とリアス亭に書籍全巻を送ってくれたお客さんー。語り尽くせないエピソードは山のようにあるが「三陸はすてきな場所だ。来て良かったと言われることが一番うれしい」とほほ笑む。

 工藤さんは、5年前に右膝の手術をした。日常生活を送ることや、店頭に立つことに支障はないが、坂道を上ったり走ることはできなくなった。それでも「店をいつまで続けられるか分からないけれど、体が動く限りは頑張る」と、元気いっぱいだ。
 
 「うに弁当」には工藤さんの「思い出に残る三陸の旅にしてほしい」という願いと「三陸の味を楽しんでほしい」という思いが込められている。その真っすぐでぶれない信念は、「あまちゃん」の「夏さん」そのものだ。「夏ばっぱ」は、これからも変わらぬ味を届ける。
 
 うに弁当は1470円(税込み)。問い合わせは、三陸リアス亭(0194・52・7310)へ。