釜石市鵜住居(うのすまい)町に市が整備した釜石祈りのパークは11日、除幕式を行い市民が献花に訪れた。市内で最も被害が大きかった鵜住居地区に造られた慰霊の場。被災後大槌町小鎚の実家に一人引っ越した山下恵子さん(66)も、夫清司さん=当時(64)=と一人娘五苗(さなえ)さん=当時(28)=の名を刻んだ金属板に花を手向けた。

 「あいうえお順だろうから、山下は最後だな」。かすかな笑みを浮かべて芳名板に近づいたが、縦に並んだ2人の名前に涙がこぼれ落ちた。

 恵子さんは同市箱崎町の半島部・箱崎白浜地区に嫁ぎ、家族3人で暮らしていた。8年前の3月11日、仕事が休みだった五苗さんは、海岸でワカメの収穫準備に追われていた清司さんに津波警報を知らせようと家を出た。

 「ようやくみんなと一緒になれて良かったね」。恵子さんは、いとおしそうに名前をなでた。