【東京支社】政府主催の追悼式で、本県遺族代表の会社役員高橋勇樹さん(41)=陸前高田市米崎町=は「親孝行を何一つできなかった」と一緒に家具店を営んでいた亡き父母を思い、無念さをにじませた。心の傷が癒えぬまま迎えた震災8年。「もう涙は流さない。復興に向かって歩む」と奮い立った。

 無情な震災津波は、平和な家族の生活を一変させた。母フサ子さん=当時(62)=が行方不明に。その後、父勇太郎さん=当時(70)=も病で急逝した。仲むつまじく、働き者の2人だった。

 あれから8年。自宅再建のめどは立ち、妹が授かった子は日々成長する。だが、その様子は父母には見せられない。仮設住宅に一人でいると「両親に何もしてあげられなかった自分が情けない」と悔しさとむなしさがこみ上げる。

 「あの日を決して忘れない。未来を決して諦めない。見守ってください」。自分たちが進む古里再生の道のりは長く、そして険しい。だからこそ決して急がない。父母の面影を思いながら一歩一歩、前へ進むつもりだ。