落ち着きがない、集団活動が苦手な子が多い-。きっかけは「東日本大震災直後に生まれた」子どもと接する被災地の保育士らからの声だった。震災を経験していないのに、なぜ心が不安定なのか。岩手・宮城・福島の3県の児童精神科医と研究者によるチームは今、200組超の親子を対象に12年間にわたる追跡調査に取り組んでいる。そこから見えてきたのは「大人をサポートする体制づくり」の重要性だ。

<「サポートにも力点を置く」調査の始まり>

 2011年の震災発生直後から、被災3県で子どもの心のケアにあたってきた3人の児童精神科医たちは、震災から3~4年後、互いに共通の問題意識を持っていることに気づいた。どの県も、甚大な被害を被った地域で生まれた3、4歳の子どもたちに落ち着きがないという保育園や幼稚園からの報告が多いのだ。

 この子どもたちが生まれたのは震災後であり、震災を直接体験していない。子どもたちの心に何が起きているのか。3人の児童精神科医たちは保育園を訪問、多くの保護者に協力をお願いして3県で計223組の親子の協力が得られることになり、2015年からパイロット調査、翌年から本格的な調査が始まった。

 調査の目的と意義について「長期的な視野で子どもの心の発達を追いかけていく研究と、親子へのサポートが必要だろうという認識も一致していた」と研究代表の八木淳子医師(いわてこどもケアセンター副センター長)は言う。4歳の子どもが15歳になるまで、12年間にわたって定期的に心身のチェックを行い、適切な支援につなげていく。調査と支援が一体となった「みちのくこどもコホート」がスタートした。

 調査は研究者も協力者も基本的には「ボランティア」。医師たちは本業の合間をぬって、沿岸での調査やデータ整理を行っている。研究費の助成はあるが、医師の熱意と周囲のスタッフや協力者の理解によるところが大きい。

<親のメンタル不調 関連性に着目>

 研究チームの一員で、子どもの非行や反社会的行動についてくわしい松浦直己三重大学教授は「これほど長期にわたり、調査と同時進行で助言をしたり必要な支援につなげている例は、世界でも類をみない」と話す。

 チームが特に関心を持っているのが、子どもの落ち着きのなさと親のメンタル不調の関連性だ。

 2016年の子どもたちへの調査では、3県に共通して、認知発達や語彙力などに遅れがみられた。

 また親への調査では、全体の約35%にうつ傾向などの精神的不調がみられることが分かった。さらに、精神的不調が「ある」と答えた親の子どもは、「なし」と答えた親の子どもに比べて、認知発達面や行動面、情緒面に何らかの問題を抱えている割合が高いという結果が得られた。

<「自分より大変な人も」我慢の親たち>

 被災地では多くの家庭が、家族や住まい、仕事を失い、大人が強いストレスを抱えている。そのような環境のなかで親は、子育てだけではなく生活再建や仕事といった多くの苦労を重ねてきた。

 「親の安定が子どもの心の発達に不可欠」。だからこそ医師たちは「まず必要なのは、親への支援」と訴える。

 チームの一員で、福島県の子どもたちの心のケアにあたっている桝屋二郎医師(東京医大茨城医療センター精神科科長)は「『関連』と言うと誤解を生みがちだが、決して親の育て方や姿勢の問題ではない。被災が大きい地域のお母さんたちは、明らかに支援が必要な状態なのに『自分より大変な人もいるから』と我慢している」と強調し、「子どものメンタル支援と親の支援は一体。まずは気軽に相談していいんだよということを伝え、親の大変さを受け止める体制を整える必要がある」と指摘する。

 宮城県内を中心に被災後の心のケアにあたってきた福地成医師(みやぎ心のケアセンター副センター長)も、「親のメンタル不調の要因を考えなければ解決しない。地域で孤立させないなど『養育環境を整える』ことを重視しなければ」と語る。

 ひとくちに「親の支援」といっても、何を指すのだろうか。「生きていくための働く場の提供や、心のつながりを保つためのコミュニティ支援。とても医療だけではまかないきれない」と八木医師。「新しい団体や枠組みを立ち上げることよりも、保育所や学校などの地域のネットワークが機能するよう予算や人員を手厚くするべき」と底上げを期待する。

<目立ち始めた低学年の「要サポート」>

 岩手県の学校現場でもう一つ、震災の直接的な記憶がないはずの子どもたちの心の不安定さが懸念されるデータがある。

 県教委が2011年4月から行っている「こころのサポート」プログラム。その中で、県内全ての公立小中高校と特別支援学校の児童生徒を対象に行っているアンケート「心とからだの健康観察」(17年度は約12万人回答)の結果だ。

 「心とからだの健康観察」は児童生徒が自分で自分の状態を記入する。「嫌な夢や怖い夢を見る」「自分が悪い(悪かった)と責めることがある」など年齢に応じた問いを設定し、結果を分析することで適切なケアにつなげたり、学校現場での対応に役立てている。

 ストレス反応が認められた「要サポート」の児童生徒は2011~12年度ともに10%超。その後全体的に減少傾向だったが、15年度から「11年度に未就学児だった児童」の要サポ-トの割合が目立ち始めた。

 17年度は特に沿岸部の小学1、2年生の割合が突出して高く、震災当時1歳だった小学校2年生は「要サポート」の割合が23.3%と最も高かった。直接的な震災の記憶がないはずの子どもたちに、なぜこうした高い数値が出るのだろうか。

<まずは「親がほっとできる環境を」>

 「こころのサポートチーム」スーパーバイザーを務め、阪神大震災の経験も踏まえてプログラム作成に携わった冨永良喜・兵庫県立大教授は「子どもは幼いほど親のストレスを感じ取る」と家庭状況との関連性を示唆し「親がほっとできる子育ての環境を整えること」と子どもと親の支援が一体であることを指摘している。

 二つの貴重な調査は、関係機関との情報共有や講演会などさまざまなかたちで提言され、地域や学校現場での体制づくりに生かされていく。

 八木医師は「何らかの原因で家庭の機能が弱まれば子どもに不適応が起こり得ることは従来も知られていたが、震災が起きたことで分かりやすく表に出てきた」と指摘。医療への受診や専門的な支援を要する子どもへの適切なケアは必要としながらも「子どもは安心安全が確保され、大人の温かいまなざしのもとで自尊心が守られていれば困難を乗り越える力がある。だからこそ、子どもの安全基地となる親や家族へのサポートにも地域全体で目を向けていきたい」と力をこめる。


 この記事は岩手日報社とYahoo!ニュースによる連携企画記事です。東日本大震災から8年、子どもの心のケアとどう向き合うべきか、改めて考えます。