ありがとう、第二の古里-。遠野市穀町の仮設住宅団地・希望の郷(さと)「絆」で暮らす最後の一人だった関綾子さん(82)=大槌町出身=は22日、同住宅を退出し、盛岡市の災害公営住宅へ転居した。7年半の長期にわたった避難生活は、同じ境遇の仲間と寄り添う地域住民が心の支えになった。「ここでの絆は一生もの」。たくさんの思い出を胸に、笑顔で新生活をスタートさせる。

 「いざとなると、離れるのがつらいね」。引っ越し作業を終えた関さんは傷みが目立つ仮設住宅を見つめ、心の中の時間を巻き戻していた。この日も別れを惜しむ友人らが続々来訪。「いっぱい笑って、たまに落ち込んだりして。それでも一番に思うのはみんなへの感謝なの」

 夫を早くに亡くし、一人娘の独立後は大槌町須賀町で1人暮らしだった関さん。東日本大震災の津波で自宅アパートが流され、2011年7月に完成したばかりの希望の郷に移った。初めて暮らす遠野は右も左も分からず、冬の寒さは「心身にこたえた」が「常に周りに人がいて、寂しさを感じることは少なかった」と振り返る。