リレーエッセイ イワテライフの楽しみ方

青栁真さん第1回(全4回)

 
我が家では昔も今も、秀衡塗を毎日の食卓で使っています

 私は子供の頃から、日々の生活の中に漆器のある時を過ごしていました。自分の家が、明治37年から、木地から製品になるまで一貫した物作りをする工房であったため、学校が終わると仕事場に行って遊んだりしていました。

 中学の頃からか、家の仕事が少し特殊な業種であるということを、友だちや大人たちを通じて思うようになりましたが、深く考えるようなことは無く、当時熱心に打ち込んでいたバスケットボールのことばかり考えていました。そんな時期を過ごしながらも、毎日の食卓には飯椀と、秀衡塗の汁椀が、テーブルにはお菓子の入った菓子器があって、お正月には重箱、屠蘇器、雑煮椀のほか、姫小鉢にクルミ餅、手塩皿に紅白なますと、当たり前のように使っていました。

 高校を卒業し、東京の大学に進学すると、突然漆器が身近な物ではなくなりました。一人暮らしをしていた私の漆器は箸だけとなり、東京でできた友だちの多くが漆器を知らないといった具合でした。毎度、実家の仕事の話をする時は「なんで知らないの?」と不思議な感覚に陥ったことを思い出します。

今月の人 青栁 真さん
秀衡塗工房の(有)丸三漆器の5代目当主。2008年に広告代理店を退社し帰郷。『漆絵ワイングラス富士・赤富士』などの商品開発、製造、販売と、秀衡塗の魅力を全国に発信しています。