「血の通った質問だった」

 今月、憲政史上で初めて、介助を要する重度障害の木村英子、舩後靖彦両参院議員が質疑に臨んだ。本県の重い障害がある当事者は、その光景を万感の思いで見つめた。

 「声を奪われた人」とも形容されてきた障害者。本人の意思を度外視した施設や病院への隔離政策が長く続き、社会との接点も、発言する機会も乏しかった。だが、障害者自らの地道な運動で、地域移行が少しずつ進んできた。

 やはり、当事者の言葉は重い。脳性まひの木村氏が5日の国土交通委員会で、車いす用トイレが狭くて使いづらいなどと指摘。国土交通相は早速、トイレの広さを確保するため面積基準の見直しを省内に指示した。

 当事者の声こそ、共生社会推進の要。国は積極的に施策に反映してほしい。

 今夏の参院選で2人が当選して以来、国会は急ピッチでバリアフリーに着手。特に難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の舩後氏は言葉を発することが難しいだけに、7日の文教科学委員会での質問に際しては、パソコンなどの電子機器を通じた音声による発言を認めるなど、合理的配慮が講じられた。

 議論になったのが、質疑の持ち時間。舩後氏は25分と決められていたが、再質問の準備に時間がかかる。その間は委員長が議事進行を止め、質問時間が減らないよう配慮。結局、準備に20分かかり、計45分を要した。

 この20分について「時間の無駄」との受け止めもある。だがむしろ、舩後氏が目で素早く文字盤を追い、再質問用の代読文書が作成されていくスピード感に目を奪われた人が多かったのではないか。

 発話が困難な障害者でも意思表示できる。そのことを社会が目の当たりにする、貴重な学びの20分だったと言えよう。その意味でも、今後も十分に配慮してほしい。

 舩後氏は初質問を終えた心境を「ゆく川の 流れを変えて 新しき 海へと向かう 友らとともに」と短歌に託した。国会で生まれた「流れ」を地方にも波及させたい。

 一関市議会は6月、議員が登壇しなくても自席や質問席から発言できるように、会議規則を改正する発議案を全会一致で可決した。車いすの議員への配慮からだ。

 全国的には、言語障害や視覚障害の議員への配慮策を講じる議会がある一方、筋萎縮症の議員の介助に公的補助が付かないなど課題は多い。

 高齢化が進む中、病気や障害のある人が議員になる機会も増えるだろう。共生の地域づくりへ、当事者が議員になる意義は大きい。国会を参考に、ハード・ソフト両面から対応を進めてほしい。