炎に包まれ焼け落ちる首里城。その姿に、日本の文化財保護行政の積み重ねも崩れ去った思いがする。

 「木の文化」の日本。文化財保護とは、火災との闘いでもあった。法隆寺金堂壁画の焼失を機に1950年、議員立法で文化財保護法が制定。以来、毎年1月26日の「文化財防火デー」に全国各地の寺社で防火訓練を行うなど、取り組みを重ねてきた。

 今年4月のパリ・ノートルダム寺院火災を受け、政府は対策強化を呼び掛けていた。にもかかわらず、防げなかった首里城焼失。文化財防災が根本から問われる事態だ。

 喫緊の課題は、復元建物の防火対策。国は、国宝や重要文化財の建物には防火対策費用の一部を支援しているが、それ以外については、予算の制約から補助がなく、いわば所有者任せになっている。

 首里城の場合、地下の遺構「首里城跡」は国史跡だが、復元建物は国宝や重文に指定されていない。建物には消火器や火災報知機などはあったが、初期消火に有効なスプリンクラーは法令上義務付けられておらず、設置されていなかった。

 出火原因などの調査は今後本格化するが、初期消火設備が整っていれば、これほど被害が拡大しなかったのではないかとの思いがぬぐえない。

 琉球王国の中核だった首里城は、太平洋戦争で焼失。92年、沖縄の本土復帰20年を記念して正殿などの主要建物が復元された。過酷な歴史を経てよみがえった建物は、県民の精神的支柱となった。

 地下の遺構の上に復元建物が整備された史跡公園は、国内に数多い。近年は、調査研究成果を踏まえた精度の高い復元も行われるようになってきた。往事の姿を再現することで住民の理解を促し、地域の宝を守り育てる意識の醸成につながっている。

 オリジナルを守るだけでいいのか。復元建物も、地下の遺構と一体的に保護する仕組みの強化が求められる。

 日本の文化財行政は今、転換期にある。政府が訪日外国人旅行者の大幅増を目標に掲げる中、文化財保護法が改正され、保護から活用に重点を置くことになった。

 今後、観光の目玉として、各地に復元建物が整備されることも考えられる。国は活用を促すだけではなく、防火対策の充実も後押しすべきだ。

 文化財への脅威は、火災に限らない。東日本大震災では数々の地域の宝が津波で流失したり、海水にまみれた。今年は台風による被害も続出。傷ついた文化財の修復には、長い年月を要する。

 きょうは「文化の日」。文化を守るには不断の努力が必要であることを、あらためて心に刻みたい。