2019.11.01

あしあと(23)上野 祐治さん(宮古)

自宅前の崩れたのり面に立つ、上野祐治さん=宮古市重茂(撮影データ=50ミリF1.2、125分の1秒。コントラスト強調フィルター使用)

再起の途上 台風被災

 料理も一通りできるようになり、1人暮らしに慣れた頃だった。家族を失った東日本大震災から8年7カ月余り。宮古市重茂(おもえ)の千鶏(ちけい)集落で暮らす漁業上野祐治さん(63)は10月13日未明、台風19号の豪雨で自宅が被災した。

 自宅近くを流れる二つの沢があふれて土砂や岩とともに押し寄せ、外壁を突き破ってなだれ込んだ。雨の勢いが増すとともに「どーん、どーん」と衝撃が伝わってきた。

陥没した千鶏地区の道路。地域は孤立した(撮影データ=35ミリF2、60分の1秒。コントラスト強調フィルター使用)

 土砂は倉庫も襲い、刺し網などの漁具をやられた。自宅周辺は一面土砂に覆われ、道路が陥没して集落は孤立した。

 中学校を卒業後、漁業にいそしんできた。遊漁船を営み、常連客に支えられ海と共に暮らしていたが、震災で妻光子さん=当時(65)=と、結婚を間近に控えていた長男善隆さん=同(28)=を亡くした。

 青森県の漁家で育った光子さんは魚料理が上手で「健康は食べることから」と、釣り客らに得意のいかずしなどを惜しみなく振る舞っていた。庭や家の中には、大好きだった山野草が並んでいた。

 善隆さんは腕のいい遊漁船の船長と評判で、テレビや雑誌でも紹介されたほど。手作りの仕掛けが好評で、釣果の少ない客には自分の魚を分けてあげていた。震災翌月に結婚を控え、家族そろって楽しみにしていた。

 行方不明者も多い中で、2人は遺体が見つかった。ちゃんと弔ってあげられたことを前向きに捉え、親類や常連客ら多くの励ましを力に立ち上がり、中古船を購入して一生懸命生きてきた。

 台風19号は、そんな暮らしに牙をむいた。

 近所の人たちや親類が崩れた斜面をビニールシートで覆い、漁具や家財道具の片付けを手伝ってくれた。「助けてもらって本当にありがたい」と思うが、瞳の光は弱々しい。あっという間に5キロ痩せた。

 自宅は半分ほど床上浸水し、トイレや風呂も壊れた。修復する金はなく、片付けが進まないため漁や遊漁船の再開のめども立たない。「お先真っ暗だ」と肩を落とす。

 「あとはこつこつ自分で片付けていくしかない。一緒に暮らす家族は、もう誰もいないからね」

 思い出が詰まった部屋の泥を夢中で拭い、気がつけば日が暮れていく。泥が無くなったら、次は何をすべきか。

 一人ではないことを示すためにも、被災者への支援が求められている。本県被災地のボランティアは、大幅に不足している。

 (文・写真、報道部・太田代剛)

賢治の言葉

こんなことを今あなたに云ったのは/あなたが堕ちないためにでなく/堕ちるために又泳ぎ切るためにです。

春と修羅 補遺「堅い瓔珞(ようらく)はまっすぐに下に垂れます」より抜粋

 
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