若山牧水の歌で人気投票をすれば、1位の一首かもしれない。〈白玉の歯にしみとほる秋の夜の酒はしづかに飲むべかりけり〉。秋と酒の名歌でもある

▼牧水にとって、飲むべき時間は夏なら夕暮れ、秋は夜だった。夜長、心静かに飲む酒は、しみる。酒をこよなく愛し、アルコール漬けで、暑い時季に死んでも遺体がきれいなままだったといわれる歌人らしい

▼が、なぜ「歯にしみる」のだろう。虫歯だから? いやいや、そうではない、と歌人の俵万智さんが書いている。芭蕉の〈閑(しづか)さや岩にしみ入る蝉(せみ)の声〉に感覚は通じる。歯だからこそ「この一首はすごい」と

▼白玉は涙や露に例えられるが、きょうは「寒露」。暖かさが続く県内も、きのうは肌寒かった。夜は一段と早まり、風景は寒々としてくる。「身にしむ」という季語があるように、10月は「しみる」時季でもある

▼秋冷の候になると、しみるのは何も酒だけではない。冷え込む一夜には鍋物がしみる。温泉につかれば体にしみる。紅葉が鮮やかに染まってくれば、目にしみる。そういえば、牧水にも「身にしむ」秋の歌がある

▼〈秋の燈(ひ)や壁にかかれる古帽子袴(はかま)のさまも身にしむ夜なり〉。歌人には、壁にかかった帽子や袴さえも「しみる」。その感性にはかなわないけれど、さまざまなものが五感に「しみる」寒露の頃だろう。