上り坂の手前。「せーの」。15人ほどが一斉に駆け出す。足のもつれを必死にこらえ、地面を蹴る。祭りばやしの屋台が無事、坂道を上り切った

▼古里の祭りに参加した。前回は約35年も前。実家は少子高齢化が進む中心市街地。聞けば近年、地元の祭り組は県外の学生さんらの協力で何とか人をやりくりしているという。半ば興味本位で、家名入りのはんてんに袖を通した

▼屋台を押して歩き、はやしを所々で披露しながら数時間がかりで神社に到着。広い境内は各地から集まった鹿踊や神楽、みこしなどの人々でにぎわっていた。色とりどりの装束は、多様な芸能が根付く証し。子どもの頃と変わらない風景があった

▼人はどんなとき、古里を意識するだろう。国のふるさと納税制度もその一つのはずだった。寄付を通じて古里を応援する仕組みは、返礼品という見返り競争が高じてすっかり趣旨が変質した

▼屋台を押す手と脚に、ずっしりと重みが伝わってきた。風雨に見舞われる年もある。脈々と伝統をつないできた先輩たちの努力を初めて知る。子どもたちへの褒美以外、そこに見返りの発想はない

▼長年離れて暮らせば出身者も立派な「よそ者」。地域活性化の取り組みで注目を浴びるよそ者には及ばないまでも、人口減が続く古里で祭り屋台を押すぐらいはできそうだ。来年も行こう。