沿岸北部の普代村の名が歴史の文献に登場するのは室町の世。地域の村名で「ふたい」の記録が残る。名の由来は諸説あるが、二つの水流が合流する「二井」もその一つ

▼台風19号の記録的豪雨は、東日本を中心に甚大な被害をもたらした。県内最大の雨量となった同村も国道沿いの中心部などが泥にまみれた。裏山の複数の沢の土砂が家々を襲った現実に地名との関連を読み取る

▼9月に村を訪ねていた。かつて取材を担当したエリア。街場でも人通りが少ない姿は変わらない。それでも東日本大震災後に「キラウミ」として再生された普代浜の美しさ、普代駅のアンテナショップの多彩な特産品に、村の前向きな変化が感じられた

▼震災の被災地で自然災害が繰り返される。リアス線の開通効果から乗客が伸びていた三陸鉄道も19号で施設が壊れ、全面復旧が見通せない。頑張っても頑張っても。嘆きを思い、胸が締め付けられる

▼「予測に比べ、まずまずに収まった」。被災地をさらに痛めつけるのが政治家の言動。後の発言撤回の真意が、被害拡大か自身に増す批判への焦りからかは別として、災害への認識欠如と実力者の慢心が透ける

▼震災被災地は時として後退を強いられながら復興に歩んでいる。困苦を察し、再び前進する力となる。センセイ諸氏の発すべき一言に選択肢はあるまい。