少し前まで、受話器を手に頭を下げる人をよく見かけた。電話で話していて、見えない相手に思わずおじぎをしてしまう。どうしてだったのだろう

▼それは「電話にひもがあったから」。作詞家の阿久悠さんが随想に書いている。ひも付き電話は、相手と直接つながる感じがした。だから自然に頭が下がる。「滑稽な姿と言えなくもないが、心はこもっている」

▼電話でおじぎする人が少なくなったのは、平成に入り皆が「ケータイ」で話すようになってから-と作詞家は説く。携帯電話にはひもがない。つながっていないとの意識が働くためか、通話の態度が変わっていく

▼1989年1月8日に平成が始まり、きょうで満30年になった。この年月を振り返れば固定電話からケータイ、スマホへと通信革命はすさまじい。人々が「ひも付き電話から解き放たれた」時代と言えようか

▼束縛がない代わりに、自己中心になって他者への礼と敬意が薄れていく。阿久さんはそう見た。今や見渡せば電車の中の全員がスマホをにらむ。「個」に没頭する時代を、亡き作詞家ならどう表したのだろう

▼つながっているようで、ひもは切り離されてしまった。「個」の海に人々が放たれ、ゆらゆら漂う存在になったのが、この30年だろうか。ならば新しい時代は、ひもを付け直す作業が必要なのかもしれない。