盛岡市の南部鉄器職人、田山貴紘さんは35歳。6年前に脱サラし、父の和康さんに弟子入りした。腕に磨きをかける一方、製造・販売会社を設立。異業種の同世代と連携し、被災地に思いを寄せたオリジナル鉄瓶製作や、新ブランド立ち上げなど意欲的に取り組んでいる。

 昨年11月からは市民を対象にした講座「てつびんの学校」を開校した。職人の「伝えたい」と参加者の「知りたい」が交わり毎回、熱のこもった講義だ。卒業研究「南部鉄瓶の未来のアイデア」発表に向け、大人の遊び心が一段と盛り上がっている。

 伝統工芸の世界は触れるほど楽しい。黒々といかめしい鉄瓶で沸かした湯の、何ともやわらかなこと。電気ポットを使ったそれとは比べものにならない。暮らしに潤いをもたらす。

 海外での鉄器ブームが続く昨今は中国からの引き合いが多く、工房のホームページや会員制交流サイト(SNS)を通じても注文が舞い込む。鉄瓶の約8割が海を越える状況だ。工房では田山さん親子のほか、4人の職人が働くようになった。

 「南部鉄器は県民の財産。良さが知られていないのは、存在しないのと同じ。多くの人に知ってもらいたい」と願う田山さん。共感する輪が広がろうとしている。

 平成に代わる時代が始まる。少子高齢化や情報化が進み、発達した人工知能(AI)が不足する労働力を補う。子どもらが社会に出るころ、今ある職業の多くが消えるとさえ言われる。変化の激しい未来を、どう生きていこう。

 長い年月を乗り越えてきた手仕事の知恵や経験が伝えることもある。担い手不足や高齢化は業界に共通する悩みだが、山形市ではふるさと納税制度を利用し、伝統工芸を応援する取り組みが始まった。インターネット上で資金調達するクラウドファンディングなども理解を広げる手段の一つとして注目されよう。

 田山さんは、人や情報技術、さまざまな力を生かしつつ発信に挑む。工房では、ひたすら自分と向き合い、技を追求する。自然の摂理にあらがうことなく、工程の一つ一つに五感を研ぎ澄ます。

 「人間が携わるから美しい。寸分たがわぬものをAIが作ったとしても、同じ感動はない」。速くて便利なものであふれる時代だからこそ伝えたい思いだ。

 言葉が心を動かし、手から、手へ。担い手となるのは、作る人、使う人双方の支え合いだろう。伝統ある世界に限らない。人が生み出す価値を大切にできること。そこにある幸せを願う。

(赤石真美)