紺屋町に自家焙煎(ばいせん)コーヒーの香りが戻ってきた。盛岡の喫茶店文化を語る上で欠かせないコーヒー屋クラムボン。店主の死去で休業していたが、10日再開。ようやく1年が始まった気分だ

▼店に通い始めて20年以上。店主の高橋正明さんはいつも優しかった。コーヒー1杯で粘っても嫌な顔をされたことはない。かつて、店の本棚に前衛漫画雑誌「ガロ」が置いてあった。夢中で読んでいたら、創刊当時以来のバックナンバーを貸してくれた

▼「実は、がんになってさ…」。正明さんから電話をもらったのは、1年半ほど前。「必ず店に戻ってくるから」との約束は、果たされなかった。復帰を目指して闘病生活を続けたが、1月1日に69歳で力尽きた

▼猫好きで、独学で猫の絵を描き続けていた正明さん。昨年、画集「ねこ町のクラムボン」が刊行された。夜になると紺屋町かいわいでは、猫たちが動き出す。星空を飛び回る。ユーモラスで幻想的な作品の数々

▼猫への愛情。そして、猫が不意に顔をのぞかせるような、街の片隅のぬくもりに寄せる愛情。画集を見て、正明さんの優しさの輪郭とともに、クラムボンの居心地よさの秘密が少しだけ分かったような気がした

▼2代目店主は一人娘の真菜さん。父が30年以上かけて育てた場に彼女の個性がブレンドされていくさまを、静かに見守りたい。