2020年東京五輪の聖火リレーの本県ルートの検討が始まる中、前回1964年東京五輪でランナーを務めた県民は当時を思い返している。戦後の成長を象徴する五輪の聖火は54年前の9月、6日間の日程で内陸を走り抜けた。今回は東日本大震災からの復興がテーマで、県内は6月17~19日を予定する。64年の地域のヒーローたちは、20年の大会とリレーの成功に期待を寄せる。

「復興へ勇気届けて」 盛岡・藤井さん

孫の田貝将人君に聖火リレー当時の写真や新聞記事を見せる藤井剛さん(左)=盛岡市西見前

 盛岡市西見前の藤井剛さん(73)は、岩手橘高(現・江南義塾盛岡高)3年だった64年9月22日、同市の大通商店街を駆け抜け、岩手公園まで聖火を届けた。

 沿道を埋め尽くす人垣と無数に揺れる日の丸の旗。緊張はなく「学校や県民を代表する誇りと責任の重さをかみしめながら走った」と振り返る。23日の岩手日報は藤井さんの写真を掲載。「沿道に20万人のひとがき」と見出しが躍る。

 震災復興をテーマに掲げる20年東京五輪。藤井さんは「前回は内陸だけだったが、今回は津波被害を受けた沿岸を聖火が巡るだろう。ランナーの力強い走りで復興に向けた勇気を届けてほしい」と強く願う。

忘れない「感謝」の心 金ケ崎・飯田さん

トーチを持ち、当時を思い返す飯田実徳さん=金ケ崎町西根

 金ケ崎町西根の会社役員飯田実徳(みのり)さん(73)は、64年9月25日、同町西根の旧国道4号(現県道)約1・6キロを走った。大舞台を経験した飯田さんは「その後の生き方が変わった」と感慨にふける。

 当時19歳の飯田さんは、町役場前から現在の奥州市との境にある再巡橋へ走った。「火を消さずに次の走者に届ける」。緊張して走った約10分間。トーチを持つ手が張った記憶が残る。

 町のバレーボールチームで活躍していたことから抜てき。女手一つで育ててくれた母の故アキさんが涙を流して喜んだ姿が忘れられない。飯田さんは「母と応援してくれた周囲への感謝を持ち続けている。20年も走者の後ろでいいから走ってみたい」と笑う。